多すぎではないかと思うほど氷が入ったレモネードを両手で包み、彼女はちびちびと飲んでいた。自分で作ったと言っていたそれは檸檬を入れすぎたらしく、すっぱいと顔をしかめている。氷が解けたため今は大分飲みやすいのか、喉が上下する回数は増えていた。何もすることがなくただぼうっと眺めていたフランの耳に、グラスの中で氷同士がぶつかる音が届いた。それに混ざって聞こえる、ソプラノ。


「あのね、マーモン様はレモネードが好きだったのよ。朝は必ず飲んでいたの。可愛いわよね。あの可憐な御姿に合った素敵な嗜好だと思うわ」
「でも、あなたは嫌いなんですねー」


何となしに呟いた言葉に一瞬キョトンとした後、僅かに目を細めて笑った。笑う度に蜂蜜色の髪が肩の上で揺れている。そんな彼女を怪訝に思いながらどうしたのかと尋ねれば、目尻に溜まった涙を拭いながら答えた。


「まさか聞いているとは思わなかったのよ。だから、返事をしてくれたことに少しびっくりしただけ」
「……変わった人ですねー」
「ええ、本当にそうかもしれないわね。マーモン様にもよく言われたもの」


また、マーモン様。
楽しそうにそのときのことを話す彼女は、『マーモン様』の前でだけ、もしくは『マーモン様』の話をするときにしか見せない恍惚とした笑みを浮かべている。それは恋慕というにはあまりにもかけ離れた笑みで、どこか狂気じみたものを感じた。よく動く口は飽きもせず、同じことばかり何度も言う。マーモン様、マーモン様。もううんざりだ。
テーブルに片手をついて、無意味な音を立てながら座っていた椅子から立ち上がる。彼女の手からグラスを奪い取り、一気に傾けた。呆然と見上げている彼女に見せつけるように、わざといらぬ音をたてて喉に流し込む。なみなみと注がれていたレモネードは、最後の一滴までフランの腹の中に消えた。氷だけになったグラスを彼女の眼前に突き出せば、カランと涼しい音が響く。無表情を徹している仮面を崩し、唇の端を持ち上げた。


「ああ、確かにこれは美味しくないですねー。ミーも嫌いですよ」


あなたが愛している幻想など。

―――大嫌いだ。





 
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