窓の外では、白い雪がちらちらと舞っている。少し触れるだけで、あっという間に解けてしまうそれに触れるのが怖いと、子どもの頃思ったのを思い出した。手に入れた筈のものが、その姿を楽しむ前に消えてしまう。それは実に哀しいことではないか。そして、同じように冷たく儚い存在である、僕の愛し人の手が僕の手の中にある。不気味さを覚える程真っ白な病室に置かれた簡素なベッド。そこに横たわっている彼女は、記憶の中で微笑む彼女と同一であるとは思えない。不自然に痩せて細くなった彼女の腕にはチューブが通されている。弱々しく笑む彼女に、唇を真一に結んだ。


「ねぇ、骸」


小さな掠れた声は、世辞でも美しいとは言えない。言葉の通り絞り出すようなか細い声に、何ですかと返事をすることしかできない。そんな僕に嬉しそうに微笑む彼女に、奥歯を噛みしめた。


「また会おうね」


一瞬、彼女の言っている意味が解らなかった。次は骸の隣に立てるくらい強くなりたいと言う彼女に、ようやく気付いた。もうすぐ終わるのだ。この下らない世界が。握っていた手に力をこめる。痛いよと困ったように言うが、構ってなどいられない。もうこの手を離さないと誓ったのだ。


「許しませんよ」


勝手にいなくなるなんて許さない。彼女をこんな目に遭わせたクズを許さない。こんな運命を作り出した神を許さない。


「そっか。じゃあ、許さなくていいよ」


相変わらず笑みを絶やすことなく彼女は言う。ちらりと窓の外で雪が舞った。冷たい現実と、冷たい体温に視界が滲む。彼女は死んだ。愛しい彼女は死んで、また生まれ変わる。でも、それは僕が望む彼女じゃない。輪廻転生など、ありもしないのに。

雪は滴へと変わり果て、しとしとと、僕の上に降り注ぐ。





 
- ナノ -