背中に回されている手を辿れば、愛しの彼に辿り着く。お互い洋服を纏っていないため素肌を重ねている格好の今、生温い人肌を直に感じていた。
蜂蜜色の髪を指で梳くように撫でられ、紅蓮が二つ私に向けられている。その瞳には私が映っていて、たったそれだけで顔がにやけそうになった。


「朝だ。起きろ」


いつまで経っても瞼を開こうとしない私の頬を、大きな手が包み込む。額と額を合わせているせいで彼の顔がすぐ近くにあり、甘い吐息がくすぐったい。
そこから唇を重ねたのは自然の動作のようで、するりと腰に回された手を振り払うことはしない。
トントンと二・三回扉を叩く音に身体を離そうとするが、私を閉じ込めている二本の腕がそれを許さない。更に激しくなったキスは見せ付けてやれと言外に言っているようで、吐き出した筈の溜め息は唾液に溶けた。


「失礼しま、す……て、うわっ!?」


開かれた扉の向こうには、隊服に身を包んだ部下がそこにいた。顔を真っ赤にした彼には見覚えがあり、確かベルの隊の隊員ではなかっただろうかと思案する。私が眠っている間、ベルとともに何度かここを訪れたことがあるそうだ。
彼は私が思案している間に背中を綺麗に90度に曲げて部屋を出ていった。
可愛らしいその慌てっぷりに笑みがこぼれそうになるが、激しいキスの最中にそれは叶わないようだ。










******


談話室の扉をノック無しで開き、慌てて飛び込んできたのはまだ二十代と思われる青年だ。顔色は悪く、何かに怯えているように見える。
一体何事だと尋ねるルッスーリアは、飲んでいた紅茶をテーブルの上に置いた。ただごとではないと青年の様子から察したのだ。
相当慌てていたのだろう。乱れていた息を適当に整え、自分が今しがた見たものを談話室にいた幹部等に告げる。


「書類提出のため、先程ザンザス様のお部屋に失礼したのですが……」
「知らない女と寝ていたかぁ?」


皮肉るように口の端を吊り上げて言うスクアーロに、青年は曖昧な返事を返す。
言葉を探すように、宙に視線をさ迷わせる青年に痺れを切らしたベルフェゴールが続きを促した。
自分の隊の隊長であるベルフェゴールの言葉に短く返事をし、意を決したように幹部等に視線を合わせる。


「ザンザス様のお部屋に伺ったとき、見知らぬ女とキスしていました」
「それで?それがどうしたって言うんだい?」


青年が言わんとしていることが「見知らぬ女と寝ていた」ことではないことに気付いたマーモンは、適当に相槌をうった。
マーモンの言葉に、青年は言いにくそうに口を開く。


「その女というのが……遠目からだったので確証は得られませんが、死体……だったんです」
「………」


気まずそうに俯きながら放たれた青年の言葉に、幹部等は閉口するしかなかった。
奇妙な沈黙が重りとなり、彼等にのし掛かる。





神が逃亡した世界






 
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