花の乙女たち


 さんさんと照りつける太陽が、全てを見下ろす程に高い位置に留まっている昼下がり。
 全ての窓を閉め切って布を降ろし、僅かな光の侵入も許さない屋内は薄暗く、少しばかり蒸している。
 部屋の中央に備えられたテーブルの上には小型の窯が横たえられ、その中にひとつの器が沈められていた。
 ぐつぐつと僅かに煮えた音を立てるそれを熱心に見つめているのは、うら若き二人の乙女だ。
 口元を布で覆い隠し、作業に没頭するあまり乱れた髪を整える事も忘れてただ一心に窯の中で煮られるものを見つめている。
 その瞳は心なしか熱に浮かされているようにも見え、布越しに聞こえる吐息は熱くくぐもっている。
 場所が場所でなければ、状況が状況でなければ、そして口元を覆う怪しい布が無ければ劣情を誘うようにも見えただろう。
 まるで、愛しい男の姿を本能のままに求める女の顔。
 事情を知らぬ男がこの場にいれば、思わず固唾を飲んでしまう事だろう。
 しかし、二人がうっとりと蕩けるような表情で見つめているのは男ではない。
「ミディ……そろそろね」
「えぇ、ヤムライハ様……私、もう待ちきれません」
 辛抱堪らないとばかりに熱くささやかれる声が上ずっていようとも、求めているのは決して男ではない。
「そう言わないで、ようやくここまで来れたんだから……もう少しよ」
 今にも伸ばしてしまいそうな手をやんわりと制し、間もなく訪れるであろう変化を待ちわびる。
 額にはうっすらと汗が滲み、蒸した部屋の暑さを物語っている。
 ちらりと黒曜の瞳が横に逸らされた。
 その先には砂時計が置かれていて、今まさに全ての砂が落ちようとしている所だ。
 ぐつぐつ煮られる音に紛れて聞こえる、砂の流れる音が絶えた時、変化は起きた。
「……!」
 今まで立ち込めていた湯気が急激に収束していく。
 息を飲んで見守る二人の眼前で、容器に入っていた澱んだ色の液体が凝固したかと思うと、急激に膨張し容器を割って飛び出した。
 飛び出したものは先程までの澱んだ色とは打って変わって、透き通るような綺麗な色をしている。
 それはまるで植物の芽吹きを高速で見ているかのようにひとつの芽を出したかと思うと茎を伸ばし、葉を生やして蕾を生む。
 生まれた蕾はゆっくりと膨らんでいき、やがて開いたその花弁が鮮やかなピンク色を見せた所で成長は止まった。
 しばらく呼吸をする事も忘れてその花を見ていた二人の乙女だったが、窓の外を飛んで行く鳥の羽ばたきに我に返ったのか、大きく息を吸う。
 そして、歓声と共に吐き出した。
「やった! やりましたヤムライハ様! 成功です!」
「すごいわミディ! こんな綺麗なのはじめて見たわ!」
 互いに口元を覆っていた布を取り払うと両腕を広げて抱き合い、美しい花を前に喜び合う。
 少し汗ばんだ身体に互いの服が張り付くが、どちらもそんな事を気にするような性格ではない。
 きゃあきゃあとひとしきり完成を喜び合った後、ミディが閉め切っていた窓を開け放てば爽やかな風が部屋の中に舞い込んだ。
 部屋に籠もった熱気が窓の外に逃げていくのを心地よく感じながら振り返り、美しい花が風に揺られても変わらずそこにあることを確かめる。
 その花を慎重に器から持ち上げれば、するりと抜ける感触と共に容易く持ち上げる事ができた。
 茎に触れ、葉に触れ、花弁に触れ、その形が崩れないことを確かめる。
「まさか、魔法薬から花を生み出せるなんて思わなかったわ……」
 花の感触を確かめる様子を眺めていたヤムライハが、うっとりと呟いた。
 それを耳にしたミディが、とんでもないと首を振る。
「万物はルフから成る。ヤムライハ様が教えてくださった事ではありませんか。けれど、本当に出来てしまうとは思っていませんでしたが……」
「ルフの――魔力の干渉を受ける事に特化した液体をベースに植物を構築する。この研究を元にすれば、色んな物が作れそうだわ」
「ですが、ひとつだけ問題が……これ」
「あら」
 花の具合を確かめているうちに徐々に眉間に寄っていった皺を隠す様子のないミディに手渡された花を受け取ったヤムライハは、すぐにその理由を察した。
 本来、花の茎を手にした時に感じられる『瑞々しさ』が微塵も感じられないのだ。
葉に触れ、花に触れて、生花に感じられる筈のそれがちっともなく、代わりに少しぱさついた感触が指先に宿るのを確かめるヤムライハ。
 ひとしきり確かめた後、大きく息を吐いて花を返した。
 凝固した液体から芽吹いた時は胸が張り裂けそうなほどに心臓が高鳴ったのだが、まさか出来上がったのは造花だったとは。
「矢張り、生命を扱う研究は一筋縄ではいきませんね」
「そうねぇ……いいセンいったと思ったんだけどなぁ」
 再び手の内に戻ってきた造花を見つめながら首を振るミディに椅子に座り込むヤムライハ。
 先程両手を上げて喜び合っていただけに、その落胆は大きい。

 二人が出会い、同じ志を有するという事を確かめてからというもの、それこそ毎日共に研究をする日々だった。
 ミディは幼少の頃から積み重ねてきたありとあらゆる薬剤の知識を、ヤムライハは生まれながらに有する膨大な魔力とそれを行使するために培った魔法の知識を。
 特化する分野の違う二人が妥協すること無く打ち込む研究の成果は二人が身を置くシンドリアに献上され(時に失敗して大惨事を引き起こす事もあるが)、その期待は大きい。
 知らず知らずのうちに、その期待をプレッシャーに感じてしまっていたようだ。
 ふたりとも少し休暇を取って、心身ともに休むべきだろう。
 そう考えながらヤムライハの横顔を見つめていたミディが、失敗に憂う横顔を見てあることを閃いた。
 手の中にある造花の茎を手折ると、そのまま器用に捻じ曲げ始める。
 思い描いた形に仕上がった所で徐ろにヤムライハに近付いた。
「ヤムライハ様、今回は残念な結果に終わってしまいましたが」
近付きながら掛けられる優しい色をした言葉に顔をあげるヤムライハ。
「ミディ、これは……?」
「ヤムライハ様の膨大な魔法の知識と、私の薬の知識を掛け合わせれば、きっといつか上手くいきます。その時まで、諦めずに二人で頑張っていきましょう」
 そんなヤムライハの頭に手をかざしたミディは、彼女の髪を手櫛で整えるとそっと造花を挿し込んだ。
 彼女の美しい水色の髪によく映える、鮮やかなピンク色。
 茎や葉が調度良いアクセントになるように具合を整えられたそれに、ヤムライハはくすぐったそうに微笑んだ。
「そうね、また二人で頑張りましょう」
 窓から舞い込む風がミディとヤムライハの髪を揺らす。
 ヤムライハの髪に留まる美しい造花は、その後髪留めに姿を変えて時たま彼女の髪を飾るようになったという。



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