浜辺の獣にご用心


 その日はいつになく暑い日で、海辺の街で宿を取った一行はアイテムの買い出しに出掛ける気にもなれず、霧機関で作られた空調の効いた宿で涼んでいた。
 日陰に腰掛けて部屋に置かれていた本のページを捲る者、ここぞとばかりに丹念に武器を磨く者、テーブルにカードを広げてゲームを楽しむ者、だらしなくソファに寝そべり雑誌を読み耽る者、皆様々に寛いでいる。
 その中で唯一、健気に街へ情報取集に出掛けていたハクエが嬉しそうな様子で宿に戻ってきた。
「ただいま! ねぇみんな、これもらったから飲もう!」
 両手にぶら下げた手提げから涼し気な飲み物を取り出すと、それぞれに手渡して行く。
 器の中で鳴る氷の涼し気な音とフルーツの匂いに、冷たいジュースだと知ったエーコは喜んで口をつけた。
「おいし〜っ! ハクエ、どうしたのこれ!」
 暑くて火照った身体とからからに渇いた喉に染み込んでいくフルーツの優しい味に、頬をおさえたエーコはキラキラとした瞳でハクエを見上げた。
 子供が大好きなハクエはそんなエーコの姿に破顔し、リボンで結われた柔らかな髪を撫でながら経緯を話し始める。
「酒場のおじさんと話をしてたらね、この時期は近くの海辺を観光客向けに開放してるんだって教えてくれてね。お嬢ちゃんみたいな子が浜辺を歩いてたらきっと華になるからって言ってくれて、仲間もいるのって言ったら、じゃあその人達も是非って、おみやげに持たせてくれたの」
 そう話すハクエの身体に視線を向けたのはジタンだ。
 普段は背中いっぱいに広がる銀色は一つに結われており、長い尾の様にハクエの動きに合わせて揺れている。
 陽射しにやられぬようにと考えてなのか、つばが広く暗い色をした帽子を被って袖の長い羽織りを纏っているものの、滑らかな肌と豊満な胸元は隠し切れていない。
 さらに、羽織りの下に着ている淡い色をしたワンピースの深いスリットからはすらりと健康的に伸びた太腿が惜しげも無く晒されて、正直その姿は子供の教育に良くないんじゃないかとジタンは日頃から思っていた。
 それを伝えてハクエの立派に育った豊満な身体が見れなくなってしまったらとても悲しいので、口にしたことは無いが。
 酒場の男が鼻の下を伸ばしながらハクエと話している姿が目に浮かんでくるようで、ジタンはうんうんと頷く。
(こんな可愛い子が海にいたら、サイコーだよな。顔も知らない酒場のおっさん、その気持ちよ〜くわかるぜ)
「まぁ、この辺は観光地にもなっているのね」
 ジタンの考えている事をなんとなく察したのか、ダガーがジタンとハクエの間に割り込みながらにこりと笑う。
 ジタンから注がれていた熱い視線に露も気付いていなかったハクエは、ダガーに向き直ると頷いた。
「それでね、いま、街の道具屋で水着とか売ってるんだって! 宿でずっとだらだらしているのもあれだから、皆で行ってみない?」
 言いながら一行をぐるりと見渡せば、両手を上げて賛成するちびっこ二人組をはじめ、皆まんざらでもないように頷いた。
「よかった! じゃあ、あとは……」
 皆の反応に嬉しそうに笑ったハクエは、ちらりと視線をソファに向けた。
 そこにはハクエが帰ってくる前からだらしなく寝そべっている男の姿があり、ブーツを脱ぎ散らかして雑誌を読んでいる。
 ハクエを男手一つでしっかり者に育て上げた実績を持ちながら、当の本人は怠惰の極みに耽っているその男の名はスヴェン。
 太陽のように眩しい金髪をうなじの辺りで一つにくくり、そのまま背中……を通り過ぎソファから床に垂れ流し、特徴的な暗闇色のコートは背もたれに放り投げられている。
 作り物のように整った顔は読んでいる雑誌のグラビアページを前にだらしなく崩れ、シャツ一枚にパンツ姿という軽装ですら暑いのか、シャツのボタンを全て外すと大きくはだけさせてパンツをロールアップさせている出で立ちはそれこそ子供の教育によろしくない。
 完全に駄目な大人のお手本だ。
 その姿を見たハクエは眉を吊り上げる。
「もう、師匠! またそんなだらしない格好して!」
 ぷりぷりと怒るハクエがビビとエーコにその姿を見せないように立ちはだかるが、悲しい事にちびっこ二人組にとっては既に見慣れたもので、冷めた目でスヴェンを見ている。
「……ハクエの憧れの人があんな男だなんて、信じたくないのだわ……」
 せっかく見た目は格好良いのに、中身が残念過ぎてどうしようもない。
 ぽそりと呟いたエーコの言葉に、その場にいた全員が心の底から同意した。
「あ? 俺のリラックススタイルにケチつけるとは偉くなったもんだなクソガキ」
「ここは家じゃないんですから、ちゃんとしてください! ……って、そうじゃなくて」
 スヴェンにだけアレコレと五月蝿いハクエの姿も見慣れたもので、フライヤはやれやれと首を振り、ビビはまた始まった……と諦めたようにぼやいた。
 ジタンはアレコレ文句を言われながらもハクエに身の回りの世話をしてもらっているスヴェンを内心羨んでいたりはするのだが、それでもやはりあのような大人にはなりたくないと思う。
 駄目な育て親を持った娘が苦労する姿に、皆一様に息を吐いた。
「師匠も一緒に行きませんか?」
「海か……水着があるって言ってたな? てことは、若いねーちゃんの水着姿を拝めるかもしれんのか」
 言いながら、その赤い眼差しはハクエの胸にじっとり絡みついている。
 まじまじと膨らみを見た後、何かを納得したように頷いたスヴェンはぼそりと言った。
「ガキのちっせー膨らみ眺めててもつまらんし、たまには目に養分を与えんとな」
「ちょ……師匠!」
 子供の目の前でなんてことを!
 かぁっと頬を赤らめたハクエはスヴェンを実力行使で黙らせようと振りかぶるも、あっさりと避けられてしまう。
 軽々避けて見せたスヴェンはハクエをからかって遊んでいるだけなのだが、顔を真っ赤にしているハクエは気付いていない。
 二人のやりとりを眺めていたジタンはまじまじとハクエの身体を見ながら口を開く。
「いや、ハクエってかなりデカい……いてっ」
「ねぇ、早く行かないと、折角の時間がなくなってしまうわ。二人ともその辺にして行きましょう?」
 最後まで言い切る前にダガーに思い切り尻尾を引っ張られ、口をつぐんで尾を撫でる。
 ジト目でジタンを見ていたダガーはぱんぱんと手を叩いて痴話喧嘩をしている師弟に声を掛けた。
 にっこりと笑って言うその姿は完全に一国を背負う女王の面差しで、有無を言わせぬ圧力が掛かっていた。
 美しきアレクサンドリアの女王に睨まれた二人はぴたりと動きを止める。
「……よし、ガキども。海に行くぞ」
「何であなたが仕切るんですか」
 暫しの沈黙の後、むくりと起き上がったスヴェンがふんぞり返りながら宣うと、傍にいる弟子は白い目で見るのであった。

 ◇

「青い空に青い海、白い砂浜を駆ける美女……楽園ってのはこういう所を言うんだなぁ、少年」
「スヴェン、言ってることが完全にオヤジだぞ……」
 あれからしばらくの時が流れ、男性陣は先に浜辺に到着していた。
 準備に大して時間もかからないため、女性陣から場所取りを命ぜられたのだ。
 それぞれ浜辺で過ごしやすい格好に着替えた男たちはパラソルを広げながら女性陣を待っている。
 ジタンやスヴェンは泳ぐ気満々の水着に着替え、ビビはカナヅチで泳げないのかいつもより薄手のローブを着込んでいる。(どうやって着替えたのかジタンとスヴェンは非常に見たかったのだが気が付いた時には着替え終わっていた)
 スタイナーとサラマンダーはラフなシャツにハーフパンツと、砂浜から動かぬ意思を着ている服で示していた。
 着替える気のさらさらないクイナは、既に食べ物を捜しに浜辺を駆けて何処へかと姿を消している。
 パラソルの設置も終わり、それが作り出す日陰の中に逃げ込んだ彼らはぼんやり道行く人々を眺めているのだが、泳ぐ気満々の男二人は女性ばかりに熱心な視線を送り続けている。
 ジタンは老若問わず女性が通れば目を向けるし、スヴェンは若くスタイルの良い女性が通れば穴が空くほど見つめていた。
 スタイナーに至極呆れたような視線を投げ付けられても気にしないし、サラマンダーとビビはちらりとも見ようとしていなかった。
「……たまんねぇな、ジタン」
「……わかるぜ、スヴェン」
 頼むからそんな所で通じ合わないで欲しい。
 律儀に二人のやりとりを見ていたスタイナーが、そろそろこのだらしのなさすぎる金髪の二人組を何とかして欲しくなってきた頃、彼女たちはやってきた。
「やっほ〜、ジタン! お・ま・た・せ!」
「おっ、みんな来たか」
 振り返るタイミングを見計らって腕の中に向かって飛び込んできたエーコを受け止めたジタンは、その後ろに視線を送る。
「ほー、なかなか可愛いもんじゃねえか」
 感心したように声を上げたのはスヴェンで、ジタンもそれに頷いた。
 ワンピースタイプでウエストにフリルの付いた水着を着るエーコは子供らしくて可愛いし、ビキニにパーカーを着て身体のラインを隠しているフライヤはそれでも生足が白く艶かしい。
 パレオで身体を隠すダガーは美しい黒髪をサイドで結って麦わら帽子を被り、清楚な印象を与えてくれる。
 そして、ジタンとスヴェンが同時に視線を滑らせていった先には、ハクエがやや遅れて歩いてきていた。
 健康的な肌に映える鮮やかな色のビキニを身に付け、ビーチサンダルをぺたぺた鳴らしているハクエ。
 銀色の髪は先程よりも高い位置で結われており、髪留めに花の簪を挿して華やかだ。
 しなやかにのびる四肢は思わず生唾を飲み込んでしまうほどで、普段はベルトでわかりづらいくびれたウエストを惜しげも無く露出し、形の良い尻に水着が食い込んでいる。
 胸の上で揺れる薄衣で包まれた二つの柔らかく大きな丸みに、二人は開いた口をそのままにまじまじと眺めてしまう。
「……ほらね、やっぱりこの反応。だから着たくなかったのよ、これ」
「そう? とってもよく似あってるわよ」
 容赦なく注がれる視線を予想していたのか、居心地悪そうに胸元に手をやるハクエだったが、ダガーはにこりと笑ってその手を取り払う。
 どうやらダガーの差し金らしいハクエの姿に、ジタンとスヴェンは強く拳を握ると胸中で同じことを思ったのだ。
(ダガー、よくやった)
「ジタンったら、だらしなく鼻の下伸ばしちゃって! エーコに失礼なのだわ!」
「ん、あぁ、エーコも可愛いぜ。どきどきしちまうよ」
「ほんと!?」
 ジタンにしがみついたまま嬉しそうに笑ったエーコはそこでようやくジタンから飛び降りた。
ぱたぱたとパラソルに置かれている鞄まで掛けて行くと、中を漁る。
「ねぇ、ちょっと! ヒマならこれ膨らませて頂戴!」
「……ジタンにやってもらえよ」
 ぺしゃんと畳まれた浮き輪を取り出したエーコは、それをサラマンダーに押し付けた。
 嫌そうな顔をしながらも受け取って空気を入れ始めるサラマンダーは、なんだかんだで子供に優しい。
「このような格好をするのは、久方ぶりじゃの」
 ハクエ達の様子を見ていたフライヤは、やがてビビの隣に腰を下ろした。
 浜辺の空気を吸いに来ただけであまり泳ぐ気のないフライヤは、ビビを気遣って話し相手になっている。
 スタイナーもその後ろに座り込むと、どっしりと足を組んで不動の姿勢を示した。
 どうやら荷物番になってくれるらしい。

 皆がそれぞれ好きに動き始めたのを確かめたジタンとスヴェンは互いの顔をちらりと見てから立ち上がり、おもむろにハクエに近づくと両脇をがっちり固めた。
 ジタンはハクエの腰に、スヴェンは肩にそれぞれ腕を回す。
 急に両脇に立ってきた二人にハクエが驚いていると、これからのやりとりを察したダガーはそっとハクエから離れた。
 驚いて顔を向けるハクエだったが、ダガーは至極面白そうなものを見付けたとでも言わんばかりの顔をしている。
「ハクエちゃん、すっげぇ魅力的だぜ。惚れ直しちまうよ」
「ほー、馬子もめかし込めば化けるもんだな。ガキのくせにエロい身体しやがって」
 そんな彼女たちのやりとりに目もくれずに両耳で囁かれるアルトとテノールの吐息に、ハクエは身を捩って逃げ出そうとするのだが如何せん肩も腰も捕らえられている為に身動きが取れない。
 道具屋で水着を選んでいる時から、ダガーの様子に不穏なものを感じていたのだ。
イヤに露出が高かったり、際どいデザインの水着を執拗に勧めて来ていたのは、ジタンとスヴェンに迫られ狼狽えるハクエを見たいが為だったのだろうか。
(ダガー、まさか、私で楽しむために……)
「それじゃあ私は、皆の飲み物を買ってくるから、そこで待っていてね、ハクエ」
「ちょ、ちょっと、ダガー!」
 ハクエの辿り着いた答えを肯定するように一際深い笑みを見せたダガーは、無情に言い放つとくるりと踵を返した。
 慌ててハクエが声を掛けるも、すたすたと歩いて行ってしまう。
 両脇を固められたまま置いて行かれたハクエはたまらず視線を明後日の彷徨へ投げた。
 親友だと思っていた少女に玩具にされている事に、ハクエの心はさっくりと傷付いた。
 いつもはこうしてハクエが絡まれていると頼もしく追い払ってくれていたのだが、道具屋に並ぶ水着をみた時にダガーの中で何かが変化したらしい。
 ハクエは心の中でほろりと涙を流す。
「おい、少年。その腰の手をどけろ。邪魔だ」
「やだね。あんたこそ、仮にも保護者なんだから若い男女に茶々なんていれずに静かに見守っていたらどうなんだ」
「私としては二人揃って手を離してほしいんだけど」
 頭上で火花を散らす男二人にハクエは努めて冷静に言う。
 けれどジタンはハクエの腰を更に引き寄せ、スヴェンもまた更に肩を密着させる。
 ただでさえ暑いのに、男二人の体温でハクエの身体はじっとり火照っていく。
 当然といえばそうだろうが、二人とも水着姿のハクエを離す気なんてさらさらないようだ。
 腰に回された手がするりとハクエの腰を撫で上げ、そのまま背中に指を這わせると彼女の身体はびくりと跳ねて背筋が伸びる。
「ひゃ、ちょっと……!?」
 思わずジタンの顔を見れば、にやにやとハクエを見下ろす青い瞳とかち合った。
 視線を交わしている間にも指先は蠢き、その度にハクエの肌はぞわりと粟立つ。
 身体を捻って抜けだそうとするのだが、ぞくぞくとする感覚に上手く力が入らない。
 頬を赤らめて身を捩るハクエに、ジタンは気を良くして顔を近づける。
「じ、ジタン、やだ……」
「ハクエちゃん、結構可愛い声だすんだ」
「おい小僧、俺のバカ弟子に手を出すんじゃない」
「やっ、ししょ……あっ」
 対するスヴェンは、耳元に寄せていた口を薄っすら開くと耳たぶにかぷりと噛み付き舌先で軟骨を舐め上げる。
 腰を撫でられている時の比でないほどにぞくぞくと駆け巡る言いようのない感覚にハクエはぶるりと身体を震わせた。
 かくんと膝から力が抜け、両脇から伸ばされた腕によって支えられる。
 今更ながら助けを求めるようにパラソルに目をやれば、何故か皆一斉に視線を逸らしてわざとらしいまでに手元を動かしたり、口笛を吹いたりしている。
 皆、関わり合いになりたくないようだ。
 ハクエだって出来れば渦中から抜け出したいし、この状態の二人には心底関わりたくない。
 そうしている間にも与えられる言い様の無い感覚に、顔を真っ赤にさせたハクエは二人を見上げた。
 絶えず与えられる刺激にすっかり涙目になったアメジストは睨みつけているつもりなのだが、二人を焚き付けるだけで何の解決にもならない。
 今にも泣き出しそうなほどに顔を歪めているハクエを愛おし気に見つめるスヴェンは、ハクエの細い顎を捉えるとぐいと顔を向けさせ頬を舐める。
 それを面白く無さそうに見たジタンはハクエの腕を掴み引き寄せると指先に吸い付いた。
 ぬるりと指に絡みつくジタンの温かな舌の感覚に、ハクエは声にならない声を上げる。
「ハクエ……」
「やべ、俺、マジになりそ……」
「も、もういや……」
 照り付ける日差しの暑さに加え、二人の男に密着された緊張で流れ落ちるハクエの汗の味が甘く感じられて、いよいよ歯止めが効かなくなってきた金髪の二人組。
 大人組がそれを視界の片隅に収めながらそろそろ止めた方が良いのでは、と思い始めていた頃、それはようやくやってきた。
 つかつかと三人に歩み寄ったかと思うと、両手に持っていた器を思い切りひっくり返して容赦なく中身をぶちまける。
「うおっ!?」
「つめたっ!?」
「ひゃあ!」
 突如降ってきた氷水に、三人まとめて飛び上がると思わず離れた。
 支えが無くなったことでへたり込んでしまったハクエを庇うようにジタンとスヴェンの前に立ちはだかったダガーは、どこからか持ち出してきたロッドを片手にそれは美しい顔で微笑んでいる。
「だ、ダガー……?」
「おいおい、お姫さんよ、目が笑ってないぜ……?」
 スヴェンが恐恐と言うように、口元こそ微笑んでいるものの目が完全に笑っていない。
「ふたりとも? ここをどこだと思っているのかしら?」
「……浜辺です」
「それで、人前であなたたちは何をしようとしていたのかしら?」
「……ガキのうまそうな身体に目が眩んで、つい」
 つう、と嫌な汗を流しながら、ダガーの顔を直視できないまま問いかけに答える二人の金髪。
「わたくし、確かに面白いものが見れれば良いと思いました。でも、ここまでやって良い訳がありませんわ。あなたたちには、少し反省していただく必要がありますね」
 熱い砂浜の上に水着姿の男二人を正座させたダガーは、女王の口調でにっこり笑うと大きくロッドを振りかぶった。
 ちゃっかりけしかけた事を認めている辺り、ダガーも共犯なのだが彼女はそんな事より行き過ぎた行為を働いた事が腹に据えかねているようだ。
 とっさに目をつぶったハクエの耳に、鈍い音が連続して入り込んでくる。
「さぁ、ハクエ。彼らは置いておいて、わたくしたちは海に行きましょう」
「え、あ、うん」
 ロッドのフルスイングを受けて砂浜にめり込んでいるジタンとスヴェンを見て若干引いていたハクエは、差し出されたダガーの手を掴むとよろよろと立ち上がる。
 その腕に自分の腕を絡めたダガーは、上機嫌に歩き出すのだった。
「……なにあれ、結局ダガーがおいしいとこ取りしてるじゃない」
「おい、あんなもんを見るんじゃない」
 サラマンダーの大きな手に目元を覆われていたちびっこ二人のうち、エーコが不満そうな声を上げた。
 ジタンとスヴェンがハクエにねっとりと絡み始めた辺りから、サラマンダーは二人を抱きかかえると不健全極まりないものを視界に入れないように目を塞いでやっていたのだが、エーコは指の隙間をこじ開けて一部始終をばっちり見ていたらしい。
「暑さで頭がおかしくなってしまったようじゃの」
「あやつらの蛮行も程々にして欲しいものである。あれではハクエ殿があまりにも可哀相だ」
 フライヤが溜め息を吐き、ずっと眉に皺をよせたまま視線を逸らしていたスタイナーも砂浜に沈む二人を見て溜め息を吐く。
 仕掛け人がダガーである事に気付いていないスタイナーにフライヤは口を開きかけたが、逡巡の後にそっと閉ざした。
 世の中、知らないほうが良いこともある。
「……大人って……」
 サラマンダーに視界を塞がれやりとりまでは目にしていないものの、聴覚はばっちり働かせていたビビは、こんな大人にはなりたくないと心底思いながら言うのだった。
 その後、身体中を砂まみれにしたままハクエに頭を下げるジタンとスヴェンの姿が見られる事になるのだが、それでもハクエはしばらくの間、一切二人に口を聞いてくれなかったという。



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