美しい花の摘み取り方
入道雲がもこもこと空一面に広がる暑い日の事。
とある小さな村に着いたオレ達は自由行動を取り、各々好き勝手に散策をしていた。
たまにすれ違う仲間達と駄弁ったりしつつ、目的も無くふらふらと歩く。
「いい天気だなぁ……あっついけど」
あちらこちらから蝉の鳴き声が聞こえてくる。
やかましいほどに賑やかなそれらを耳に入れながら歩くうち、村の外れに着いたようだ。
村の外には花畑が広がっていて、色とりどりに咲き乱れる綺麗な色が花に詳しくないオレの視覚を楽しませてくれる。
特に柵も建てられていないことから、立ち入っても問題無いだろうと判断して歩く速度をそのままに花畑に身体を混じらせる。
そこには先客がいて、何やらしゃがみ込んで一心に花を眺めているようだ。
見覚えのある後姿に気配を殺して忍び寄る。
後ろから覗き込めば、優しい色をしたアメジストがその輝きに花々を映し出していた。
口元は優しく緩み、まるで愛しむように花を見つめていて思わず魅入ってしまう。
太陽の光を受けて眩く輝く銀糸には、普段被っている薄暗い色の帽子ではなく花飾りの付いた麦わら帽子が乗っかっていて、それが淡い色のワンピースと良く似合っている。
その姿がただの村娘のように見えて、笑みを零した。
普段、ダガー達を守るために身を張っている人間と同一人物とはとても思えない。
「……あれ、ジタン?」
「何してんだ?」
今のでようやくオレに気付いたらしい彼女が、僅かに驚きの色を見せながら振り返った。
先程まで花が映されていた澄んだアメジストに、今度はオレの姿が映されて胸が高鳴る。
彼女しか持っていないこの紫色の宝石には、映し出されたら惹き込ませる呪いでも掛かっているのではないかと時たま思う。
ずっと、その瞳にオレだけを映し続けていて欲しい。
そう、口に出して伝えた事は無いけれど。
「この花ね、この辺りでしか咲かないらしいの。珍しいから、つい」
「へぇー……」
言われてはじめて、彼女が眺めていた花をまじまじと見た。
ひとつの茎に沢山の葉を付けて小ぶりの花冠を持つその花々は赤やピンクなど様々な色に染まっていて、彼女が見ていたものは一際鮮やかな紫色の花弁を持っている。
その紫が、彼女の持つアメジストと重なって思わず手を伸ばした。
「ダメよ、摘んだりしちゃ」
「あ、悪ィ」
無意識に摘み取ろうとしていた手がぴしゃりと叩かれて咎められる。
それと同時に投げられた言葉に、気まずく手を引っ込めて頭を掻いた。
「綺麗だから、思わず手を出したくなる気持ちはわかるけどね。でも、花はこうやって自然に咲いている姿が一番綺麗なのよ。摘んだりしたら可哀想だわ」
「……思わず手を出したくなる、か……」
言われた言葉に、思わず彼女を見た。
穏やかに輝く紫水晶は先程と同じようにオレを映し、優しく微笑んでいる。
今は穏やかにオレに笑いかけてくれている彼女も、手にかけたら変わってしまうのだろうか。
先ほど花にそうしたように、オレは再び手を伸ばしていた。
彼女の頬にそっと触れて、優しくなぞる。
暑さに汗の浮かんだ頬は少しばかり熱く、銀糸が纏わり付いている。
その汗の匂いに浮かされるように、口を開いた。
「摘んだとしても、大事にしていれば大丈夫かもしれないだろ?」
親指を動かして唇に触れる。
柔らかな弾力でオレの指を受け止める桜色の唇に、何を考えるよりも先に身体が動いた。
彼女の頭に乗せられていた麦わら帽子が静かに落ちる。
「なにを……、っ」
僅かにかすめた程度。
けれども確かなほの甘さを感じさせたそれがもっと欲しくて、首元に手を滑らせた。
「それ以上はダメよ」
「いてっ」
そのまま抱きしめるつもりだったのだが、先程よりも強い力で叩かれた。
思わず引っ込めれば、少し眉根に皺を寄せた彼女は頬を膨らませる。
「摘んだとして、手のかかる花も沢山あるの。ロクな知識もないまま手元に置いたって、綺麗に咲かせられないわよ」
「なかなか手厳しい事で……」
ぽりぽりと頬を掻いて降参の意を示せば、にっこりと目が細められる。
唇を奪われたというのにあまり気にした風でない彼女は、先ほど交わしていた会話の続きだとでも言うように言葉を紡ぐ。
触れたばかりの柔らかな唇が動いている事に妙なくすぐったさを感じた。
「ジタンは沢山の花を摘んではダメにしていたみたいだからね。ここらで少しは勉強してみたらどうかしら?」
「どれもこれも、大事にしていたつもりだったんだけどなぁ」
意地悪な色さえ見せる彼女の表情に、オレもニヤリと口の端を上げて返す。
「それじゃ、ご助言頂いたとおり、手のかかる花について勉強してみるとしますかねぇ」
「えぇ、是非がんばって頂戴ね。楽しみにしているわ」
落ちていた麦わら帽子を拾い上げた彼女は、不敵に笑ってみせた。
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