願い事ひとつ胸に秘め


「ハクエ! デートしようぜ!」
 南ゲートを抜けてリンドブルム城へ到着した翌日の事。
 シドに宛てがわれた客室で目覚めたハクエは、情報を集めるため街へ出ようと支度をしていた。
 そんな彼女の元に現れたジタンは、指に挟んでいた二枚の紙切れを得意気にハクエに突き付ける。
 間近に突き付けられた為に焦点が合わず何度か瞬きするハクエだったが、紙切れの正体がわかるとジタンを見上げた。
「お芝居のチケット? これどうしたの、ジタン」
「知り合いの劇団員から貰ってさ、今日の夕方からみたいなんだ。よかったら一緒に観に行かないか?」
 『夜空に願いを』と大きく印字されたそれはただの紙切れではなくれっきとした芝居のチケットで、夜空をイメージしたデザインの紙面に星の形をした箔が散らされており、なかなかに洒落ている。
 上演時間を見れば、ジタンの言う通り今日の夕方から始まるようで、終わりもそこまで遅くない。
 情報収集以外に特にやる事も見つからなかったハクエは、にこりと笑うとジタンの指からチケットを一枚抜き取った。
「ふふ、いいよ。一緒に行こう」
「おっ、マジか! それじゃあ、行こうぜ!」
 立ち上がるハクエを意外そうに見たジタンは駄目で元々のつもりで誘いに来たらしく、それは嬉しそうに破顔した。
 ワンピースの裾を軽く叩いて形を整えたハクエはジタンに手を差し出す。
「もちろん、エスコートはしていただけるんでしょうね?」
「当然、私めがご案内させていただきましょう」
 芝居がかった動作で跪いたジタンは差し出された細い手を優しく掴んで頭を下げる。
 頭を上げてハクエと目が合えば、どちらともなく笑いあった。


「そういえば、このお芝居ってどういう内容なの?」
 開演まで時間があるため、二人は街で時間を潰す事にした。
 エアキャブで商業街に出ると手近なカフェに入り、遅めの昼食を取る。
 生クリームがたっぷり乗ったパンケーキに舌鼓を打ちながらチケットを取り出すハクエ。
「んー、どんなんだったかな……確か、ラブストーリーとか言ってた気がするぜ」
「ふぅん?」
 思い出しながら言うジタンは、知り合いの劇団員から詳細は聞かされていなかったようで、曖昧な答えしか返さない。
 さして気にした風もなくチケットを見るハクエは、紙面のデザインから内容を想像する。
「夜空に願いを……ねぇ、どんな内容だと思う? 例えば、あの人と両思いになりたいって夜空にお願いしてる所を相手に見られちゃうとか!」
「ハクエちゃん結構ベタな発想するね……そうだなぁ、身分差から駆け落ちを試みた男女が色んな困難に遭いながらも、いつか幸せになれるよう願う、とかどうだ?」
「ジタンもなかなかに王道的な発想じゃない」
 お互いの貧相な想像力に笑い合いながらパンケーキを平らげると店を出る。
 他愛も無い会話をしながら商業地区の大通りを進んでいると、見慣れぬものが目に入った。
「こんなのここにあったかしら?」
「観葉植物……にしてはでかすぎるな、なんだこれ」
 宿屋の隣に大きく飾られている植物に首をひねるハクエとジタン。
 青々とした細い枝を無数に伸ばし、細長い葉を数え切れない程に生やしたそれは、軒先の観葉植物として置くにはいささか大き過ぎで、だいぶ道にはみ出してしまっている。
 その細い枝にいくつかの彩り鮮やかな紙切れが括り付けられているのを見付けたジタンは、その中の一つを手に取る。
 そこには拙い子供の字で『ひくうていぎしになれますように』と書かれていた。
 他の紙にも、願い事のような言葉が書かれており、二人は首を傾げる。
「お、ジタンにハクエちゃんじゃねぇか! お前ら知り合いだったのか」
「あ、おじさん、お久しぶりです」
「なぁ、おっちゃん、これなんなんだ?」
 背後から掛けられた声に振り返ると、そこには宿屋の主がいた。
 リンドブルムで暮らしているジタンは当然の事、一人旅の中で何度か泊まった事のあるハクエを知っている宿屋の主は二人の関係性が意外なようで、目を丸くしている。
 丁寧に挨拶をするハクエを横目に、ジタンは早速この植物の正体を尋ねた。
「これかい? これはササっていう植物らしくてなぁ、毎年こんくらいの時期にこうやって飾るんだとさ」
「この紙はなんだ?」
「タンザクって言って、願い事を書いてササに括りつけると、オリヒメサマって女神が成就させてくれるらしい」
 以前泊まりに来た旅の人間が教えてくれた話で、面白そうだから客寄せに飾ってるんだ、と宿屋の主は笑いながら話した。
 その説明に納得した二人は、いくつか飾られているタンザクに書かれている願い事を見る。
「そうだ、あんたらも良かったら書いてってくれよ。結構評判いいんだ、これ」
 ごそごそとエプロンのポケットから二枚のタンザクとペンを取り出した宿屋の主は、それぞれジタンとハクエに持たせると人の良い笑顔で笑った。
「いいのか? おっちゃん、俺の願い事が叶ったらリンドブルム中の女の子が俺に夢中になっちまうぜ?」
「あぁ、そんな事はまずないから心配いらんな」
 不敵に笑って見せるジタンだったが、間髪入れず続いた宿屋の主の言葉によろめいた。
 とほほ……と頭を掻くと、じっとタンザクを見つめているハクエを見る。
 心無しか憂いて見えるハクエの横顔に、ジタンは思わず息を飲んだ。
 きっと、彼女の願いはとても切実なものになるのだろう。
 ハクエが旅をしている理由を聞いているジタンの内心は面白くないと言わんばかりに燻った。
(こーんなにイイ男が傍にいるってのにねぇ)
 やがてペンを動かし始めたハクエを見て、ジタンも彼女に倣ってペンをタンザクに押し付けた。

 二人が願い事を書き終えて宿屋の主にタンザクを渡すと、それぞれの内容を見た宿屋の主が何とも可哀想なものを見る目つきでジタンを見て来たのでジタンは悪態をつかずにはいられなかった。
 どうやらハクエの願い事はジタンの予想通りだったらしい。
「二人とも、ありがとよ。これはちゃんと飾っておくからな」
 ジタンにエールを送るように肩を叩いた宿屋の主は、また泊まりに来てくれよ、と二人に声を掛けると宿屋に引っ込んでしまった。
 取り残されるジタンとハクエ。
「ジタンは何をお願いしたの?」
「えっ、……カワイイあの子とラブラブになれますように! ……かな?」
「ぷっ、さっきおじさんに釘を刺されてたのに?」
「そういうハクエは何て書いたんだよ?」
 何ともないようにハクエが尋ねてくるものだから、ジタンも合わせて何ともないように答える。
 実際書いた内容は同じようなものなのだが、ここまで可愛らしくは書いていないし、ハクエにはとても見せられないほどに欲に濡れた内容だ。
 そうとも知らずに噴き出したハクエにむっとして答えれば、彼女は少し遠くを見ながら呟いた。
「……探しものが見つかりますように、かな……」

 あれからなんとなく口数の少なくなってしまった二人は、街の散策を早々に切り上げると劇場区に移動した。
 チケットに書かれた受付時刻まではまだしばらく時間があるが、西日は街を夕焼け色に染め始めている。
 劇場区にある見晴らしの良いテラスから街を眺めるハクエの髪もまた夕焼け色に染まり、吹き抜ける風になびいて輝いている。
 その後ろ姿をじっと見ていたジタンは、やがてゆっくり近寄ると華奢な腰に腕を回して引き寄せた。
 寂し気な色を含んだアメジストが驚いたようにジタンの顔を捉える。
「ジタン?」
「……」
 困惑したようにジタンを見上げるハクエは、しかし抵抗することもなく腕の中に収まっている。
 そんな無抵抗のハクエを見つめながら言葉を探していたジタンだったが、上手い言葉が見つからず静かに息を吐いた。
「……しばらく、こうさせてくれないか」
「……うん」
 頷いたハクエを身体ごと振り向かせると、空いていた手を肩に回して抱き締める。
 夕陽に照らされる銀糸の柔らかな香りが鼻腔を擽り、ジタンの胸は苦しく高鳴った。
 他の誰よりも彼女の近くにいるというのに、他の誰よりも彼女から離れている男にちっとも敵わない。
 ハクエを腕の中に閉じ込めている今だって、身体こそ自分の中にあるというのに彼女の瞳は自分を映してはいないのだ。
(両思いになれますように、か……)
 ふと、昼間ハクエが予想していた芝居の内容を思い出して自嘲する。
 願うどころか、気を引くための行動だって起こしているのに、その想いはより強力な想いの前には擦りもしないのだ。
 我ながら勝ち目のない泥沼にはまってしまったと思う。
 けれど。
(それでも、俺はこいつの事が……)
 ぎゅ、と抱き締める腕に力を籠める。
 されるがままのハクエはジタンを抱き返すこともせず、ただその身を預けているだけだ。
 その無抵抗さもまた心の距離に感じてジタンの胸は切なく痛む。
 ジタンはハクエの柔らかな銀色を一房すくい上げると、口付けを落とした。
 せめて、己が彼女を想うこの気持ちにだけでも気付いて欲しいと思ったが、それでもハクエが反応を見せることはない。
「……」
 音を出さずにハクエが唇を動かしたことに気が付いて、呟かれた言葉に強く歯を噛んだ。

「お芝居、面白かったね!」
「あぁ、ストーリー自体はベタだったのに、見せ方がうまかったな!」
 辺りがすっかり暗くなった頃。
 芝居を観終えたジタンとハクエはのんびりとした足取りで帰路に着いていた。
 話の内容はどちらかと言えばジタンの立てた予想に近く、二人は逃避行の果てに満天の星空の下で永遠を誓い合い、口づけを交わすというものだった。
 その星空の演出が見事なもので、まるで夜空に星の川が流れているように見えるのだ。
 美しく輝く星々に見守られて互いへの愛を歌い合う男女の姿はジタンにはだいぶ厭味に見えたがハクエにとっては満足のいく内容だったらしく、にこにこと笑っている。
「今日は楽しかったわ! ジタンに感謝ね」
「ご満足頂けたのでしたら、それは光栄極まりない事にございます」
 戯けてそう言えば、ハクエはくすくす笑ってくれる。
 こうやって彼女が穏やかに笑っている姿をずっと見ていたい、と彼女の笑顔を見る度にジタンは思う。
 そして、彼女に笑顔を与え続ける存在が常に自分でありたい、とも思った。
「それではお嬢様、夜道は危険ですゆえ、私が城まで送り届けましょう」
「えぇ、お願いするわね、ナイト様」
 その為には、ハクエが追い求める男よりも彼女の心に近付かなければならない。
 正直勝ち目のない泥沼のような恋ではあるが、しかし今、彼女の隣に立っているのは彼女が追い求める男ではなく自分だ。
 何とでもしようがある。
 芝居がかった口振りをしながらハクエの腰に腕を回して歩き始めたジタンは、芝居の感想を楽しそうに連ねるハクエを見て内心口を吊り上げた。
「なぁハクエちゃん」
「……ジタンがそう呼ぶ時って、大体悪い事企んでる時よね」
 にやにやと声を掛ければ、今までの経験からじろりと警戒するようにジタンを見上げてくる。
 それでも自分だけを映すアメジストに、ジタンは独占欲が満たされるのを感じた。
「いーや、そんな事ないぜ? ただね……覚悟しといて欲しいなって、思ってさ」
「……っ!?」
 急に声のトーンを落として耳許で囁いたジタンに、ハクエは思わず飛び上がると距離を取る。
 先程抱きすくめていた時は反応を見せなかったというのに、顔にはほんのり朱が差して暗い夜道でも見て取れた。
 その反応に満足したジタンは、再び歩き始める。
「な、なんだったの……」
 ぽつりと呟くハクエは、厄介な男に目を付けられたことに気付かないでいる。
 先程よりもやや距離をとって歩き始めたハクエを見て、ジタンはどう落として行こうかと内心頭を捻らせた。
(タンザクにはお願い事として書いたけど、やっぱこういうのは自分で何とかするもんだよなぁ……燃えてきた)
 今は、少しでも自分を意識してくれれば、それでいい。
 ちらちら警戒するようにジタンを見るハクエが可笑しくて、ジタンは堪らず声をあげて笑った。



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