空に太陽があった頃/文仙

※「月が静かに泣いていた」の転生前で死ネタ


寒さで歯がガチガチなって痛い。どうしてこうなってしまったのか。


思えば私の人生は順風満帆であった。福富家程ではないが、大店の次男坊に産まれ猫かわいがりされて育てられた。愚鈍な兄の次に産まれたことも相まっていたのだろう。

なぜ自分が忍の道を目指したのかはっきりと覚えていない。十になる年明けに、困惑する両親に宣言をし、その年の春、私は学園の門戸を叩いた。それから六年、時間は全速力で過ぎ去り私は城勤めの忍となった。得意の火薬類を任せてもらえるようになり、殿の信頼も篤くなった頃、事態は急変した。戦が始まったのだ。敵陣の偵察を任された私は、学園時代に手を焼いた二人組が居ないにも関わらず、捕らえかけられてしまった。原因はただ1つ、対峙した忍の目元にかかる隈が、私に懐かしい幻を見せたのだ。

どうにか脱出し繁みの多い谷を駆けている途中で、脚を挫いた。挙げ句の果てにはそのまま斜面を転がり、月が映る蓮池に落ちてしまった。首から下が浸かる池の水は着実に私の体温を奪う。次第に手足を動かす事が億劫になってきて、もう何度池の水を飲んだか分からない。そういうくせに頭はフル稼働で先程の忍のことを分析し続けてているのだから、自分でもうんざりしてしまう。そう言えば眼の形なんかも似ていた気がするし、鼻の高さも─────。


ちゃぷん と控えめな音を残して、私の体は完全に水面下へと沈んでしまった。自慢の長い髪が海草のように揺らめく。蓮の葉の隙間から差す月光があまりに温かく優しいために、私は思わず笑ってしまった。そのせいで口から零れる酸素は蓮に吸いとられているように見えた。ああ、蓮の養分になるのだ。この体が朽ち果てる頃には、まだ咲いていない蓮の花も、さぞや見頃になっているだろう。体は蓮の糧となり一部となり、私は蓮の花になる。その時は、身を焦がすような太陽を目一杯に浴びよう。あの男によく似た、太陽の光を。






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