青年と淑女
「ん」
「…私に?」
「…おう」
旅先の街で雨が降った。
朝は晴天だったから傘を宿に置いてきてしまったのを思い出す。ああ、もう。ちゃんと天気予報見てくればよかったと悔やんでももう遅い。
強い雨足だからすぐ止むと思ったのにいつまで経っても空は暗いまま。駅の屋根の下でじっと待つ。
今日は何だかついてないわ…
少し落ち込んで、どんよりとした空ばかり見ていたところにずいと横から差し出されたビニール傘。
驚いて隣を見れば灰色の中にぱっと映える緑の髪の青年がいた。
学生服を着ているから高校生なのだろう。未発達ながらも鍛えられた身体で中学生ではないとわかる。
愛想はないが凛とした表情。まっすぐな赤い瞳がこちらを刺すように見ている。
一色だけだった景色に突然現れた、眩しいくらいの若々しいその色に目を細める。
「…あなたはどうするの?」
「家が近いから平気だ」
それにこんな雨で風邪引くような柔な身体じゃねえ。
…早く、受け取れ。
骨ばった手に握られている傘の柄をそっと受け取る。
「じゃあな」
「あ…」
私が柄を握ったのを確認すれば、強い雨の中を走って去っていく。
雨粒が降り注ぐ中でもその鮮やかな緑は変わらずに輝いていた。
「…名前も聞いてないのに…」
せめて、名前だけでも聞きたかった。
ほんの数分だけのやり取りをしただけなのに、とても彼に惹かれているのに気づく。
…これが一目惚れというものなのかしら
「……何考えてるの、私…」
あんな若い子に…?そんな趣味じゃないはずなのに…
らしくもなく、"運命"なんて言葉まで浮かんでしまって1人で赤くなる。
多分、もう会わないのだろうけど…
もし会えたのなら…なんて言おう…
未だに雨が降り続く街の中を歩きながら、もし会えたときのことをフワフワと想像をしていた。
まるで恋する乙女のように次々と想像(妄想?)が膨らんでは弾けて、浮かんでは沈んでいく。
まず、名前を聞かなくちゃ、それからお礼を…お茶に誘うくらいなら怪しまれないかしら…?……ああ、でも、彼が私のこと覚えてなかったらどうしたらいいの…
先までの気持ちが嘘みたいに明るくなる。クスリと笑いながら天を仰げば遠くの空が青くなっているのが見えた。
……間違っていたわ、今日はとてもついているのね。