だって誰よりも美味しいから 後編




「会ったときからなんだろうなぁ…」
「何がだ?」
「うぉっ!?てめ、気配なく後ろに立つじゃねぇよ…そして血を吸おうとすんじゃねぇ!」
「んー…んむ…」
「こら、やめろって…!」

そーいや、ちょうど出会って1年だと。広いキッチン(俺がこの1年で埃だらけでがらんどうなここを綺麗にし、1つもなかった器具も揃えた)のカレンダー(これも俺がつけた)をちらと見て気づく。そこからゾロとの出会いを思い出していた。
そして、何故こんなものぐさでダメな吸血鬼野郎に惚れたのかと考えてやはり、一目惚れだったと1年間ずっと変わることのない自問自答をしていた。


…あの後ゾロは腹が満たされて眠ってしまったんだっけ。家に帰れと何度も言ったが今度は熟睡しているらしく、まるで起きる気配もなくまた幸せそうな寝顔で寝ていた。
男でも人じゃねぇ生き物でも惚れてしまった相手だ。無下に扱うことなんてできやしない。クソ吸血鬼めとか、ふざけんなとか1人でぼやきつつも、しっかり布団と毛布をかけてやった。
朝起きてまだいんのかなと寝室から様子を窺えば、暑かったのか毛布だけかけてぐーすか寝るゾロがいた。まだいやがったと漏らしつつ心底ホッとしたのをよく覚えている。
ゾロが起きたら、昼飯を与え(そのときにも血を吸われた)「お前またぶっ倒れそうだから俺が面倒見てやるよ」と半ば無理矢理ゾロの世話役を自ら買って出た。

そこからは週に1度か2度、ゾロがいる屋敷に食材を引っさげて訪れては飯(もしくは血)を食わせてやる。


「おい…ゾロ……!!」
「ん…もーちょい」
「ざけんな…てめぇ……ぐ……」

あ、そうだ。
俺の妄想、というか、エロい人間の妄想のように吸血鬼の唾液に催淫効果がある…なんてことはないようだ。野郎に吸われて感じてしまうなんて自分でも悲しくなるからよかったけど。
…ちょっと残念なんて思ったが…。
ちなみに、歯が刺した跡がなくなるよう治癒能力はあるらしい。

でも、好きな奴に首筋噛みつかれて興奮しない人間なんていないはずだ。
それに加えて、熱い吐息が時折かかるし、熱い舌が溢れる血を逃さんとばかりにべろりとなぞる。
だから、催淫効果がなくとも俺には理性を保つのがゾロの鍛錬よりも辛いことなんだ。

毎回血をゾロから吸われる度に俺の頭の中は興奮でいっぱいで。けどそれを表に出すわけにはいかないから必死に抑える。襲ったら駄目だと。ゾロと会えなくなるような失態を演じるわけにはいかないと。

何故なら、俺はゾロに本当の気持ちを伝えてない。
ゾロは俺のこと世話してくれるいい奴ぐらいにしか思ってないだろうし、もし伝えて拒否されたら立ち直れる気がしないからだ。

「ぷはっ…うー、俺やっぱお前の血しか飲めねぇ」
「俺の身にもなりやがれ、テメェ……」

ゾロに血を吸われた後はやっと終わったという解放感と、貧血の時みたいな立ちくらみに襲われる。気を抜くと腰が抜けて倒れそうで、シンクの縁に捕まって立っているのがやっとだ。

「なーサンジ」
「ああ…?んだよ…」

ぜぇぜぇと肩で息をしながらのんびり聞いてくるゾロに振り向く。

「今日って、ハロウィンなんだな」
「あ…?あーそうだな」
「サンジと会ったのも去年のハロウィンだったな。」
「な、お前日付覚えてたのか?」
「まぁな!ハロウィンは吸血鬼の中でも有名なイベントだし」
「へぇ…」

血を吸われる心配のなくなった俺はやっと呼吸を整えて再び調理に取り掛かる。
ったく、皮むきの最中に血吸うんじゃねぇよ…。抵抗しない俺もどうかしてるけどな

「サンジ」
「なんだよ、できるまでそこ座ってろ」
「Trick or Treat?」
「……は?」
「あれ、知らねぇの?」
「いや、知ってるけどよ。」
「んじゃ、菓子」
「お前なぁ…俺の血と俺の料理からそのうえ菓子かよ?」
「ねぇの?」
「ねぇな。」

今手元にあるのは昼飯のコテージパイを作るための皮むき途中のじゃがいもだけだ。

「んじゃ、俺イタズラしなきゃじゃん」
「血を吸う他にも何かすんのか…」
「あれイタズラじゃねぇよ。飯だ」
「俺からしたら迷惑極まりねえがな」

ムラムラするし、フラフラするし。

「……んー…」
「いつまでも後ろにいるんじゃねぇよ。動きづれぇ」
「…うーん………あ」
「おい聞いてんのかゾロっ……ぅ、む!?」
「…びっくりしたか!」

すぐ後ろにいるゾロの方に再び振り向けばちゅむ、と唇を合わせただけのキスをされた。

目を見開いたままゾロを見ればイタズラが成功したのを喜ぶガキみたいな顔をしている。
今までで1番近くにあるゾロの顔。
前々から綺麗な顔してやがるとは思っていた。長くて濃い緑の睫毛、紅い瞳、小麦色の肌、すらりと通った鼻梁、薄い唇。くそ、男のくせに、見惚れるような顔立ちだな…。

「なんの真似だ…」
「イタズラだっつってんじゃねぇかよ。」
「…ふざけんな、俺ぁ好きでもねぇ奴に、しかも野郎にキスされて喜ぶ人間じゃねぇんだよ」

本当は、キスされて心の中はパレード状態ではある。好きじゃないなんて嘘だ。
けど、相手はお遊びで仕掛けてきたんだ。少しくらい怒ったっていいじゃねぇか。
…こいつ、どうしてくれようか

「あれ、サンジって俺のこと好きじゃなかったのか?」
「……………は?」


脳内でゾロにどう仕返しをしようかに考えていたら、爆弾を落っことされた。
な、なんて言ったこいつ。

……嘘だろ、俺がこいつのこと好きってことに気づいてたのか?
じゃあ、これまでの1年間、俺がゾロを襲わないよう理性で必死に本能を抑えてたのも、甲斐甲斐しく世話してたわけが下心ありきってことも、……その他諸々の努力を知ってたのか?

「イタズラっつーより、サプライズのつもりだったんだけど…お前、俺のこと好きだろ?」
「え、……あ…?」

ニヤリ、なんて擬態語がぴったりな顔で微笑むゾロ。こんなやつの顔、知らねぇ。こんな大人びた、色気のある表情見たことない。
ずっと、ガキみたいに愚直で可愛らしいカオしか見たことねぇよ俺は…。

鳩尾あたりがギュンとして息が苦しくなる。

「……おーい…サンジ?」
「……っ!!…んの……クソ吸血鬼!!!」
「どわっ!?」

さっきの爆弾でただでさえ真っ白だった頭が、あの表情のせいで理性が遠くに吹っ飛んで本能と欲望が制御不能になった。

間近にあるゾロの身体にタックルするみたいに抱きついて押し倒す。

「そうだ!俺はお前に一目惚れしてたんだよ!!」
「いや、返事すんの遅ぇよ…つか、痛え…」
「お前が…、ゾロが好きだ!!!」

理性がなくなりゃ恥も外聞も関係ない。性別とか、生き物の種別なんてのも、もうどうでもいい。
俺は目の前の、このだらしなくて自主自律の精神の欠片もねぇけど、愛らしくって仕方ない吸血鬼野郎が好きなんだ。

「やっと言ったなこのヘタレ眉毛」
「……は?」
「俺もそりゃあ、80年生きてりゃ人の感情読み取るのが上手くなってくんだよ」
「…………え、」
「バッレバレだったぞー、お前」
「…は、……え、え!?」
「無茶苦茶熱っぽい目で見てくるし、血ぃ吸う度に盛ってるし…
「ちょ、ちょっと待て!!!!」

押し倒されたにも関わらず、俺の下で先と同じ表情でとんでもない爆弾を連投してくるゾロにようやく理性が戻ってくる。


今の状況、大分…いやかなり……つーかとっても…拙くないか?
ついさっきまで何も知らない子供だと思っていた片想いの相手は何もかもお見通しだった。俺なんかよりもずっとずっと人生経験が豊富なんだ。やっぱりこいつはそんだけ生きてきていたんだ。

じゃあ…今までのこいつは演技していたのか!?あの子どもらしさは詐欺だったのか!?

「あ?子どもらしくなんてしてねぇだろ。失礼だなお前」
「いや、人の心読み取ってんじゃねぇよ!」
「顔に書いてあんだ。こんなわかりやすい奴なかなかいねぇぞ?」

幼稚な表情、言動は素かよ!
なんだそれ!天然悪魔か!!

「…お前、もう少し顔面おとなしくした方がいいぞ」
「どーゆうことだそれ!顔がうるせぇって言ってんのか!」
「その通りだ。つーか声もでけぇ」
「……んのッ……舐めやがって…!!…てか、お前はどうなんだよ!!!」
「あ?何がだよ」
「俺だけに言わせといてお前は俺のこと好きじゃねぇのかよ!」
「……お前…ある意味すげぇなぁ」
「はぁ?」
「あのな?俺だって性癖は至ってノーマルだ。吸った血は女のがほとんどだったし、女しか抱いたことねぇし、もちろん、キスもだ」
「…は……あ……!」
「ったく……わかったか?…俺だってよくわかんねぇがお前が好きなんだよ、サンジ」
「……ゾロ!!!」
「ぐぇ…!てめ、ヒゲやめろ!!」

いや、お前の恋愛遍歴を俺が知る筈ねぇだろ!とツッコミたくなったが、ゾロの言わんとしていることに気づいた途端にそんな言葉は消えて失せた。
そして、少し睨まれながらの(顔がほんのり紅いので怖くない)告白で俺の気持ちは急浮上だ。

下にいるゾロを乱暴に抱きしめて、頬ずりをする。

「ゾロ!俺お前が好きだ!」
「さっき聞いた!つーかヒゲが気持ち悪い!!」
「ゾロー!好きだー!」
「話聞け変態野郎ー!!」

嫌がるゾロを無視してずっとずっと、ゾロが殴りかかってくるまで、抱きついていた。
だって背中に腕が回ってるのに気づいたから。お前も嬉しいんだろ、ゾロ?



Back

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -