だって誰よりも美味しいから 中編




本当に、これをどうにかしなきゃならねぇのか俺は…

大学帰りに、同い年くらいの空腹で倒れた男に飯を施してやる筈が…。
なんで、血を吸われた上に再び倒れるところを支えなきゃならねぇんだ?
俺にはこいつを助ける義務も義理もない。けど、また道端にほっぽり出して今度こそ死なれたら、後味が悪すぎる。

………いや、でもこれを家まで持ってくのか?

碌に飯(というより血?)を摂ってないからか、身体はそこまで重くはない。
けど眠ってぐったりしたそれは遠慮なく俺に全体重をかけてくる。
背丈も殆ど変わらないし…
あと5分も歩けば家には着くが…これ付きだと、けっこうな重労働になるぞ?

「起きねぇ……よなぁ…」

もう一度、腕の中の奴を見ればやはり、こっちの苦労なんざ知らないとばかりに気持ちよさそうに眠っている。
くっそー…なんで可憐な女の子じゃなくてこんな変な野郎を助けなきゃならねぇんだ…。

「あー!もう!」

こうなりゃ、やけだ!!!!

眠るこいつの左腕を俺の首にかけて、こいつの腰に右腕を回す。そして、ずりずりと引きずるように歩く。
だっこなんざできねぇだろうし、やりたくねぇ。おぶるのも、こいつがこんなじゃできそうもねぇ。

………なぁにやってんだろうなぁ、俺……



「だはーーっ………着いた……」

身体鍛えねぇと…そう強く思った。

やっと着いた俺の家は最近できたばかりのアパートの一階の部屋。綺麗だし、防音対策もされているのに家賃は安いという学生に優しい良物件だ。

ジーパンのポケットから鍵を取り出してドアを開ける。

部屋に入ればもう一気に気が抜ける。
靴も脱がねぇでずるずると玄関に座りこんではぁぁあ…と長い溜息。
勿論、やつは眠ったまま。座りこんだ俺の肩にもたれかかってすーすー寝息を立てている。

「………んの野郎…」

少し、いやかなりムカついたから煙草に火をつけて、その顔面に思いっきり煙を吹きかける。
ガキくせぇ嫌がらせだがムカついたもんはしょうがない。

「…んん………けほっ……げほ…」

顔をぐしゃりと顰めて噎せこんだから起きるか?と思ったらそれも一瞬だけ。
すぐに規則正しい寝息が聞こえきた。

「…くっそー……」

こりゃあ、朝まで起きねぇかな…。

このまま、廊下で寝かせちまうか?とも考えた。…ああ、でも、あと少しで11月で本格的に寒くなってきた今じゃ風邪引いてしまうだろうか。
なんでここまでこいつの心配してんだ、俺は…。

「おーい…起きろー」

一応、声をかけてみる。

「……起きろーー…おーい」
「…んぁぁ?」
「お…起きたか?」

あーあ、ソファまで運ばなきゃなんねぇのかよと思っていたら、すごく寝ぼけた声が返ってきた。

「……ここ、どこだ?」
「お前なぁ…人の血勝手に吸ったら寝たんだぞ?そっから俺がわざわざ俺の部屋まで運んでやったのにそりゃぁねぇだろ」
「…あ、あー…悪りぃな」
「思ってねぇだろ!!」
「……んじゃ、ここ、お前の家か?」
「礼ぐらい言え!」

起きてても寝ててもムカつく野郎だなこいつ…。
電気もつけてねぇ暗い部屋の中でも悪びれる様子がないのが声だけでよくわかる。

「……ありがとな、マジで助かった」
「おっ…おう」
「つーか、お前、俺が吸血鬼だってわかってんのか?」
「ああ?人の血吸って美味いとかほざいてんのが吸血鬼以外の何だよ?」
「そうだ、お前の血すっげぇ美味いんだよ!」
「どーでもいいわ!…てかホントにお前吸血鬼なのか?」
「おう。」

…んな、サラッと認めるもんなのか。

「……色々聞きてぇけどとりあえず、居間行くぞ」
「あ、おじゃまします」
「いやおせーよ!」

礼儀正しいんだか悪いんだかわかんねぇな!


「…へぇ、吸血鬼っつってもそんな人間と大差ねぇんだな」
「まぁな、主食が血かそうじゃないかってぐらいだ」

リビングでソファに座って茶を飲みながら吸血鬼から話を聞いた。
こいつの名前はゾロ。暗かったからよく見えなかったが、明るい部屋でようやくこいつの顔が見えた。
緑と変わった髪色で目も真っ赤。確かに普通の人間じゃねぇのが一目でわかる。犬歯はそんな長くねぇんだなと言ったら血を吸うときにだけ長くなるとゾロは言った。

ゾロの話では本物の吸血鬼は俺たち人間が考える吸血鬼とは大分違ってくるようだ。
血だけじゃなくて人と同じものも食える。十字架は普通に見れる。聖水なんて浴びても死なない。にんにくも食える。昼間も外出はできる。心臓を杭に打たれなくても殺そうと思えば死ぬ…などなど。

人間と吸血鬼な違いは血を吸うか吸わないからしい。

「んじゃなんであんなとこでぶっ倒れたんだ?」
「最近の人間は血が不味くてよぉ…あんま食う気がしなかったんだ」
「…それで倒れたのか」
「けどさ、サンジの血はホントに美味いんだ!!」
「あーあーそれ何回も聞いたから」

あと、もうひとつ大きな違いがあった。
それは吸血鬼の方が人間より遥かに長生きするということだ。
俺と同じぐらいと思っていたこいつの年齢は俺の4倍ほどらしい。それでも全然若い方だとゾロは言う。

けれど、それだけ長く生きているとたくさんの人間から血を吸うことになる。
そうすると血の美味さ不味さがわかってきてやはり、不味い血は吸いたくないそうだ。倒れるまで飲まないのも問題だと思うがな…
そして、今、平成の人々の血の多くは不味いらしい。
…やっぱ成人病とかが原因なのか?

「なー、もっかい吸わせてくれよ」
「ふざけんな!貧血でこっちが倒れるっつーの」
「俺、腹減ってんだよ」
「……俺がなんか作ってやるよ…」

ホントにこいつ80年生きてきたのか?
ゾロと話しているとそう思うぐらいゾロの言動は幼い。
俺が思っていた吸血鬼像を言ったら違う!とむぅと膨れ、俺の血が美味いとキラキラした顔をして(全然嬉しくない)、腹が減ったとごねる。表情がコロコロと変わる野郎だ。
精神年齢は俺よりかなり下で弟ができたらこんな感じなのかとも思ってしまう。

「そーいや、さっきも飯食わせてやるって言ってたな!料理できんのか?」
「実家がレストランやってるからな、めちゃくちゃ美味いぞ」
「へー、お前なんでも美味いんだな!」

また、ガキみてぇなキラキラした顔。

家まで運んでくるときはムカつく野郎だったのに、今じゃなんだか放っておけない奴にこいつの印象が変わっている。

「お前、家あんのか?」
「あ?あー、寝るためだけの場所なら一応あるぞ。」
「へえ…この近くか?」
「んー…多分…」
「んな曖昧な…」
「道わかんねぇんだから仕方ねぇじゃねぇか」
「てめ、どーゆう暮らししてんだ?」
「あー?寝るか鍛錬するか血ぃ吸うか」
「…んだその味気ねぇ暮らしは」
「うっせぇよ。」
「おら、昨日の残りだがな」
「おお!うまそー」

昨晩の飯と有り合わせで作った簡単な料理。大したもんではないが美味そうと言われれば嬉しくなる。

やっぱ、人に飯を食わせるのが好きだ。

「おうおう、食え。これで俺の血は吸われずに済むしな」
「いただきます!」

パシリと両手を合わせて挨拶をする。なんだ、ちゃんと挨拶できんじゃねぇか。いやいや……なんだか小さいガキ見てるような気分になってきたぞ。

「うぉ!うめぇ!!」
「そりゃよかった。…あぁ、ほら、零してんじゃねぇよ」

よっぽど腹が減っていたのか勢い良く飯をかきこむせいでポロポロと丼から飯がこぼれる。
丼物にして正解だったな。
…ホント、行儀良いのか悪いのかどっちなんだこいつは。

「…むぐ、うまい!」
「わかったわかった。ちったぁ落ち着いて食え。口に着いてるぞ」
「ん、どこだ?」
「ここ…ってちげぇ逆だ」
「こっち?」
「ったく…ほら、ここ。…え…っ!?」
「ん、さんきゅー」

米粒が頬についていたのを指でとればそれをパクリと咥えてみせた。
え、なに、なんでそんな当然の如く人の指咥えたの!?吸血鬼の常識なの!?

一瞬の出来事だったけど、すごい驚いて心臓がバクバクとしている。

「…サンジ、おかわり……ってどした?顔赤いぞ」
「あ、い、いやなんでもねぇ、お、おかわり持ってくるな」
「…大丈夫か?……血吸われたせいか?」

今までなかったけどなぁと呑気に見当違いなことを呟くゾロ。また米粒ほっぺについてるし、机に落ちてるし…。

……きっとただ単にもったいねぇからなんだろうけどさ…。空っぽになった丼が米粒一つ、具が少しも残ってないのを見てわかった。

でもそんなことで動揺してるのがバレるのが嫌だったし、なんで俺はそんなことで動揺してるのかわからなかった。
そりゃあ、美人に指を咥えられれば最高に嬉しいだろうが…こいつは男で吸血鬼でガキだ。(80歳だけど)

………おれ、おかしくなったのか?



2杯目を掻き込むゾロを見つめながら、俺はようやく、こいつに一目惚れしたんだとわかってしまった。

そして、この日を機に俺とクソ吸血鬼の妙な関係が始まった。



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