おいしく食べたい



 京で買ってきた稀少品をいよいよ宿儺にご馳走しようと思い付いたのは昨日のこと。なにしろ準備に一晩かかるので、決行するのは今日になった。

「紬、なにをしている?」
「珍しい食べ物を作るよ。一緒にやる?」

 水に浸したあと庭で一晩干していた米をすり鉢にあけていると、見慣れない作業に興味を持ったらしい宿儺が顔を出してきた。

 調薬用のすり鉢だけれど、たまにこうして料理に使うこともある。……本当なら用途別に二つすり鉢を持っておくべきなのだけれど、自分しか食べないので少しくらい薬草の匂いがついても気にしなかった。
 宿儺には居候のよしみで目を瞑ってもらおうと思う。

「やり方は薬を作った時と同じだよ。……そう、上手。粉になるまで潰してね」

 水を含ませてから乾燥させた米は脆く、ごりごりと擦られて簡単に砕けていく。米粉を作る作業は宿儺に任せ、私は薬棚へ材料を取りに行った。

 まめつき──炒った大豆を挽いて粉にしたもので、かっけという偏食の貴族に多い病の薬だ。
 ただしもとは大豆なので食用にもなり得る。それだけだと味気ないけれど──と、取り出すのは京で仕入れた白い粉。ざらざらとしたこの粉も薬でありながら食用にもなる高級品で、砂糖という。
 甘味といえば糖分の高い樹液を煮詰めて作るあまづらがあるが、それよりも更に甘みが強いものだ。

 大豆の粉と砂糖をいい塩梅で混ぜ合わせると、香ばしくて味わい深く栄養も満点の甘味料が出来上がる。

「ん、甘い」

 味見を終えた優しい黄色の粉を鉢に入れて炊事場へ戻ると、宿儺が擦っていた米もいい具合に砕けていた。今回居眠りをしなかったのは食べ物を作っているからだろうか……と考えると微笑ましい。
 水を入れた鍋を火にかけ、湯を沸かし始めてから宿儺に声を掛ける。

「ありがとう、宿儺。もう大丈夫だよ」
「この粉が食い物になるのか?」
「まあ見ててよ。ここに水を入れて、と……」

 初めは粉と水で仲違いしているのを丁寧に練り混ぜていくと、次第にまとまって生地になった。耳たぶくらいの固さになったら成形を始める。少しちぎったものを両の手のひらで転がし、まん丸に。

「宿儺もやってみる?」

 じっと私の手元に視線を注いでいた宿儺の顔を見上げる。

「いや、潰してしまいそうだ」
「そっとやれば大丈夫だよ。あんまり力を込めすぎないで……」

 苦い顔をしていた宿儺だけれど、手のひらに生地を乗せれば私の真似をして丸く捏ね始めるのだから、満更でもなかったのだろう。初めの二個まではやや平たくひしゃげた形になってしまったものの、それ以降はまん丸を作れている。途中で自信がついたのか、上下二対の手でそれぞれ別の生地を捏ね始めた。

「三人でやってるみたい。どんどんできるね」
「数が増えるのはいいが、そもそもこれは何を作っている?」
「おいしいもの、だよ」

 成形が終わればあとの工程は僅かだ。沸かしておいた湯に白い玉を入れて、茹で上がったら冷水にとって冷ます。水気をきったものを器に盛って、先に準備しておいた甘味料をまぶせば出来上がり。

「はい。お団子だよ」
「この黄色い粉は?」
「京で仕入れてきた、珍しいもの。気に入ってくれるといいんだけど。あっちで食べよう?」

 いつものように囲炉裏を囲って腰を下ろす。食べて食べて、と促すと、宿儺は団子の一つを箸でつまんでしげしげと眺めた。初めのころは掻き込むようにしか箸を使えなかったのに、随分上達したものだと感慨深く思う。

 宿儺が団子を口に放り込む。と、ぱっと四つの目が見開かれた。初めて甘いものを口にした子どものような目の輝きが微笑ましくて、私の口の中にまで甘みが広がってくるようだ。

「おいしい?」
「……甘い。面白い歯ごたえもある」
「ふふ、口に合ってよかった」

 たくさん作った団子があっという間に宿儺の口の中に消えていく。にまにまと頬を緩めながら見守っていると、ふと宿儺が顔を上げた。

「紬も食べろ」
「私は大丈夫だよ。砂糖は私には甘すぎて……んむっ」
「御託はいいから食え」

 断ろうとしたのに無理やり団子を口に突っ込まれてしまってむせそうになった。甘さに蹂躙されたような心地でもぐもぐ口を動かしている私を、宿儺がしてやったりという顔で見下ろしている。

「うまいな」
「うん……甘いねえ。なにも無理やり口に入れなくても……」
「誰かと一緒に食べるとうまいのだろう?」

 口角が持ち上がった彼の口へまた一つ団子が放り込まれる。

「せっかく珍しいものなら、一番うまい状態で食わせろ」

 満足げに顔をほころばせる宿儺に、とくんと胸が高鳴った。

 かつて私が宿儺に告げた言葉が彼の心の一部になっていること。食べて寝ることができればいい、なんて言っていた宿儺が、よりおいしいものを食べたいという欲に目覚めたこと。それらがこの上なく貴重な、かけがえのないものだと感じて、胸に熱いものが込み上げてくるのだった。


20211123
この時代まだきな粉は食べられていないけど薬師夢主は頭が柔らかいので以下略


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