気の緩み
何の気ない一言で、宿儺は墓穴を掘った。
「この頃同じような草ばかりだな」
朝食を食べながら感じたことをそのまま述べただけだった。不満ではなく事実の再確認に過ぎない。
そもそも、いつもと同じ草だろうと目新しい草だろうと草は草だ。不服があるとするならば、もっと肉を食いたい。言ったところでその要求が叶うことは無いので口にはしないが。
「代わり映えがしなくてごめんなさいね」
普段よりも幾分か冷たい響きの声音で紬が応じた。飯を口に運びかけている途中で手は止まっていて、顔には不自然なほど明るい笑みを貼りつけているが目は笑っていない。
なにかが彼女の琴線に触れたらしい。宿儺がそう察した時には手遅れだった。
「それなら今日は山菜を取りに行こうね」
妙な迫力のある笑顔で告げられたそれは提案というより決定事項に近く、断ることのできないものだった。
***
気乗りのしない外出とは果てしなく億劫なもので、支度を整えようという気が削がれてしまう。そもそも宿儺は外を歩くのにどんな格好だとしても抵抗は無い。見てくれを整えようというのは、紬がそうしろと言うので付き合っているだけだ。
「宿儺、まだ準備してないの?」
「俺はこのままで構わん。いつでも出られる」
「そんな格好で行くつもり? 駄目よ、ちゃんとしなくちゃ」
薬師はといえば髪を結わえ、山歩きのための服装を整え、籠も背負って万全の準備を済ませている。一方で宿儺はほとんど起き抜けのままの着衣で、髪もあらぬ方向に跳び跳ねたままだった。
宿儺の着物の合わせを握った紬が大袈裟なほどに肩をすくめた。
「しょうがないなあ……直してあげる」
「構わんだろう。どのみち山を歩けば乱れるものだ」
「いくらなんでもこんなじゃあ……お腹がほとんど見えてるじゃないの」
「オマエだって起きてしばらくは腹を出しているではないか」
「忘れて。それは」
「ぐっ」
戒めるかのように強く帯を引っ張られたせいで息が詰まった。そのまま固く腰を圧迫した状態で帯を締められてしまう。嫌がらせのつもりか。
と、紬の視線が宿儺の足元に向いた。
「やっぱりちょっと丈が短いね」
女物の着物は長めに作られていて、着る者の身長に合わせて腰の位置でたくしあげるようになっている。その身丈を全て伸ばして着ても、宿儺の足はくるぶしが完全に露出してふくらはぎまで見えてしまっていた。
「オマエの着物なのだから仕方あるまい」
「そうなんだけど……気になっちゃうなあ」
言いながら、紬は宿儺の頭に手を伸ばしてきた。自然に立った状態だと背伸びをしなければ届かないような身長差があるが、宿儺が足元に目をやってうつむきがちだったために難なく届いたようだった。
手櫛で髪を後ろに撫で付けられていくのがわかる。細い指が頭皮の上を何度も滑っていくのは、案外良い心地がした。
「はい、これで大丈夫だね。行こうか」
「どうせ山に入るなら鹿の一頭でも仕留めさせろ」
「また今度ね。今日は山菜、きのこ取りよ」
「きのこ?」
「あれ、食べたことない? ちょうどいいね、教えてあげる」
朗らかに笑う薬師のあとに続いて宿儺は家の戸をくぐる。
爽やかに澄みわたる秋晴れの空。山に誘うように一陣の風が吹いたが、きつく締められた帯はびくともしなかった。
20211121
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