毒と薬



 家の中が真っ暗になる前に、私は寝床にもぐりこんだ。冬場は寒さをしのぐために何枚も布をかぶる。宿儺は先に横になっていて、もとから体格のいい彼が同じことをすると寝床がこんもりと丸く膨れ上がっているように見えてなんだか可笑しい。
 これからまた、二人寄り添って寝られる温かい夜がずっと続く。それを思うと冬の夜の寒さも気にならないほどだった。

「おやすみ、宿儺」

 挨拶をした時、違和感があった。暗闇の中でも目立つ赤い四つの瞳がまっすぐこちらを見ている。いつもは天井か向こうを見ている宿儺が、身体ごと私の方を向いていた。

「寝る前に一つ聞かせろ」

 神妙な顔つき。私たちの中にあった憂いは解消できたものと思っていたけれど、彼にとってはそうではなかったのだろうか。私は努めて柔和な声を作って応じる。

「どうしたの? 寝付けない?」
「オマエの言ったことを考えていた。一人でいるのは寂しい、寂しいと胸が痛くて、寒い。そうだな?」
「うん……私は、そう思うよ」
「それならオマエはなぜ一人でいた? 寂しいのに、俺がここを訪れるまでずっと一人だったのか?」
「それは──」

 私は、自分のせいで一人になった。寂しくてもそれを受け止めなければならないと思っていた。すべて、私の力不足が原因だから。

 今の生活をすることになった発端の出来事を、人に話すのは憚られる。誰かに聞かせるようなことではないと思うし、私自身も思い出すのは辛いからだ。

 けれど──宿儺には知っていてもらいたい、と感じる自分もいる。私は宿儺の心の奥底にあった、彼自身も気づかなかった寂しさに触れた。ならば私も自分の根っこにある寂しさを彼に打ち明けるべきではないか──そうすることで初めて私たちは本当の意味で寄り添い合えるのではないか、と──

「私には、以前は家族がいたんだよ」
「かぞく」
「両親──父と母と、兄がいたの。母は身体が弱くて幼い頃に亡くなってしまったけれど」

 もとの私の家は京にあり、洛内の端に屋敷を構え武官として朝廷に仕える下級の貴族だった。
 男所帯で育ったためか、それとも単に私がもとからそういう気質だったのか。私は女らしく芸事を磨くよりも勉学を好み、十三歳で成人してから宮中の薬司(くすりのつかさ)へ仕え、薬師として経験を積んでいくことになった。十五になっても色めいた話の出ない私に父がやきもきしていた、そんな頃のことだった。

「私はまだ駆け出しだったけれど、他に手の空いている人がいなくて。戦の後始末に駆り出されたの」

 声が震えそうになって、掛け布の中で両手をぎゅっと握りしめる。

「毒矢が使われて、犠牲者が多く出た戦だった。皮膚の色が変色した死体がたくさん転がって……まだ息がある人も、神経に毒が回って挙動がおかしくなったり、肌がパンパンに腫れ上がったりしていた。どれが誰なのかわからないくらいに」

 死屍累々の戦場で、ほんの一握り残っていた息のある者たち。私はなんとか彼らの命を救わなければと、毒のせいで顔の判別できない兵士の一人のもとへ近付いた。

「お腹に刺さった毒矢を抜かないと更に毒が回ってしまうと思ったの。傷口から手を入れて、内臓に引っかかっていた矢を取り除いた。そうしたらごぼごぼいろんな色の液体が流れてきて。兵士は激しくのたうち回って、苦しんで、段々動きが緩慢になって、冷たくなってしまった。
 暴れたせいで具足や足袋が脱げて素足が露出していたのには、あとから気づいたの。毒のせいで顔は判別できなくなっていたけどね、私が余計なことをしたせいで苦しんで死んだその人は……足の指が六本あったんだ」

 ぴく、と宿儺の赤い目が揺れるのが、暗闇の中でもはっきりと見えた。彼は出会ったばかりの私が何の気なしに告げたことをちゃんと覚えていてくれたようだ。
 ──形が少し違う人は時々いる。私の父も──
 みなまで言わなくても宿儺が理解してくれて助かった。三年も前のことといっても、実の父親が死ぬ原因を私自身が作ったのだ、と口にするのは辛い。

 話しながら手に力が入りすぎていたのか、握った両手がカタカタと震えていた。そこに宿儺の手が伸びてきて、包み込まれるように重ねられる。

「そいつを殺したのは毒矢だろう。オマエではない」
「……そうかもしれない。でもそうじゃないかもしれない。矢を抜かずに解毒処置ができていたら助かったかもしれないの」

 その日から何度も自分の中で反芻してきた言葉が口をついた。
 父と共に、同じく武官であった兄もその戦場で死んでしまった。家長と後継ぎを同時に失い、下級貴族に過ぎない我が家には頼れる後ろ楯もなく、あっけなく家は没落してしまった。それでも貴族の身分に未練はない。私にはやるべきことができたからだ。
 私は職を辞して、薬草の仕入先として取引のあった京近郊の村の空き家に移住し、今の生活を始めた。

「矢に使われたのは附子の……トリカブトの毒だったの」
「ぶす?」
「トリカブトの別名よ。毒として使うときはそう呼ぶの。……私はこの毒の解毒剤を研究しているけど、薬はまだ完成していない」

 思い出すのは初めて宿儺に出会った時のこと。また目の前で附子の毒にあたって死ぬ人を見たくなくて、無我夢中で声を上げたのだった。こっちなら食べられるからとユリ根を掘り返してみせて──我ながら、随分奇っ怪な振る舞いだったと思う。傷の手当てのためとはいえ、よく宿儺はそんな変わった女の言うことを聞いてくれたものだ。

「──俺は」

 思い出にふけっていると、急に、ぐいと身体が引き寄せられた。顔面を宿儺の胸板に突っ伏すような体勢で、腰と背中に腕を回され抱き寄せられている。

「宿儺……?」
「簡単には死なん。毒だろうと怪我だろうと、治療する術を身に付けた。だから──」

 宿儺は口ごもってしまい、言葉の代わりに腕の力が強まった。なんだか熱いものが溢れてきてしまいそうな目を宿儺の着物にぎゅっと押し付ける。

「うん……ありがとう。宿儺がいてくれたら、もうずっと寂しくないね」

 一人きりで寂しいのは当たり前だった。私の力不足が原因なのだから。私はずっと一人なのだと腹を括れば、孤独の寒さにも次第に順応して平気になっていった。
 宿儺に出会って、それが変わってしまった。私は彼の世話をしていろいろな物事を教えているつもりだったけれど、大切な人と共にいる温かさを教えてもらったのは私のほうだったのかもしれない。
 抱き締め合ったまま瞼を閉じる。二人寄り添う寝床には冬の隙間風も入ってくることはできない。


20211216
夢主の過去回想…という名の設定開示回ですね。いつもながら設定盛り盛りにしてしまうのは私の趣味です。


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