はじめての



 宿儺は左の副腕で枯れた草の根本を掴み、右の主腕で持った掘り棒で畑の土を掘り返していく。枯れ残った蔓を手がかりに探しているのは収穫時期を迎えたヤマイモだ。

 地中深くに育った芋を途中で割らないよう慎重に穴を掘り下げていく。芋の先端が見えてくるまでにはかなりの労力を要する。長く成育した芋を掘り出せたら穴を埋め戻すが、そのとき蔓の根本にあたる芋の端を地中に残しておけば来年も芋が育つのだと薬師から教えられた。

 畑での重労働は主に宿儺が引き受けている。やることがなく暇を持て余すよりはと、宿儺自ら手伝いを申し出ているのだ。怪我が開かない範囲で、と紬には念を押されているが、畑仕事など狩りに比べればさほど負荷にはならない。

 次の芋の収穫に取り掛かろうとしていたところに、家の裏手から聞き慣れない音が聞こえてくる。なにか固いものと軽いものがぶつかり合うような、それなりに大きな音だ。力作業の気配を感じた宿儺は掘り棒を置いて家の裏へ回った。

「あれ、宿儺。ヤマイモの収穫は終わった?」
「まだ残っているが、オマエは何をやっている?」
「薪割りだよ。少なくなってきたからまた作っておこうと思って」

 宿儺が聞いた音は、大きな切り株を土台にして木材に斧を叩きつける音だった。紬と共に山菜取りに行くと時々、程よい太さと長さの木材を持って帰ることがある。家の裏に積んでおいた木材を割って薪を作っているのだ。
 宿儺は、斧を振り回したために額に汗を滲ませている紬を見下ろし、腕を組んで不服を露にした。

「力仕事は俺に言えばいいだろう」
「大丈夫だよ、私だって今までやってたんだもの。それにヤマイモ掘りのほうが大変だから、そっちを続けてもらえば十分助かるよ」
「両方とも俺がやる。こんなもの、すぐに済む」

 ヤマイモを掘る作業は紬に教わった通りの手順を踏まねばならないが、木を切るだけの作業ならば宿儺の最も得意とするところだ。

 宿儺は積み重なった木材に向き直った。長さを整えてもいない、山から集めてきただけの原木だ。
 右の主腕をそこに向ける。体内を巡る呪力を指先に結集させ、術式を通し、撃ち出す。

 キンッ。

 迸る斬撃が木材の長さを均等に切り分けた。次いで手首を返し、別の方向から再び術を放つ。
 一つの斬撃で同時に多数の薪を割り、二度、三度と角度を変えて術を放つことにより、瞬く間に多数の薪ができ上がる。その断面は斧で割ったものよりもなめらかで、美しい木目が露出していた。

 かつて飢えのために痩せ細っていた宿儺の肉体は自身の呪力に負けて肉が裂けるほど脆かった。しかし今では良質な筋肉がつき始めており、身体の強度が増している。そのうえ、常に命の危機に晒されることもなくなったために精神的な余裕も生じていた。呪力を制御するための集中力が高まったおかげで、ただ闇雲に切り払うだけでない、精度の高い斬撃を放てるようになっていた。

 薪を割る作業はこんなものかと、宿儺は軽く息をつく。薬師のほうへ振り返ると、ぽかんとした間抜け面がそこにあった。

「す、宿儺……今の、なに……?」
「……? 術式で木を切っただけだ」

 紬がなにに驚いているのかわからず、宿儺は首を捻る。しかしその理由にはすぐに思い至った。

「っ、そうか、オマエには──」

 宿儺は今まで紬に術式を披露したことがない。彼女との生活の中では使う機会がなかったし、狩りはいつも宿儺が勝手に行くので、術式で獲物を仕留める場面を見せたこともなかった。

 ふと頭を過ったのは、宿儺を化け物と忌み、畏れ、排除しようとする人間どもの冷たい眼差しだ。脳裏にこびりついたそれは簡単に祓えるものではない。よもや彼女も宿儺の恐ろしさを知って忌避するのではと──

「すごいねえ、今のが呪術? 実物って初めて見た」

 ぱちぱちと軽快に手を打つ音が、宿儺の意識を現実に引き戻した。

「そっか、いつも素手でどうやって狩りをしてるのかと思ったら、呪術を使ってたのね」

 驚いてはいるものの、恐れてはいない。紬の目の中にあるものは素直な感心だ。

「──怖くは、ないのか」

 彼女だけは今まで見てきた人間どもとは違う。彼女だけは大丈夫。そう信じる気持ちは確かに宿儺の中にある。それでも、確かめずにはいられなかった。紬が宿儺にどういう思いを抱いているのか知りたいという初めての欲求が、宿儺に芽生えていた。

「怖くないよ」

 紬はふんわりとした笑みを浮かべる。ゆっくりと宿儺に歩み寄り、手を取った。

「だってそれは、今まで宿儺が生き延びるために必要だった力なんだと思うから」

 術式ひとつで簡単に自分を切り裂くことのできる手だとわかっているはずだ。にも関わらず紬はそれを大切なもののように両手で包む。
 恐れないというだけではない。おぞましい呪いの力を、生き延びるために必要なもの、と肯定してしまう。柔らかくて温かい彼女の心が触れた手から伝わって、宿儺の心をそっと溶かし、ほぐしていく。

 紬と触れ合うのは心地がいいし、もっと触れていたい、とも思う。これも宿儺が初めて覚える欲だった。


20211108


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