勘違い
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二限で宿儺くんと同じ講義だった後の昼休みには、一緒に学食に行くのが通例になっていた。がやがやと賑やかな学食の一角で向かい合ってテーブルにつく。
宿儺くんは今日はチキン南蛮定食にしたようだ。サクサクしておいしそうな衣を纏った鶏肉の上に溢れるほどのタルタルソースがかかって、ボリュームたっぷり。その上ご飯も大盛りだ。男の子ってすごい。
私のお昼ご飯はオムライス。とろとろの卵にデミグラスソースがかかっている絶品で、量もちょうどいい。あんまりお腹いっぱいになってしまうと午後の講義で眠くなってしまう。
「……」
黙々とご飯を食べる。宿儺くんは寡黙な時は寡黙だし、喋る時はよく喋る。普段なら、ひたすら食べるのに徹するということにはあまりならないのだけれど、今日は私が話を振られてもまともな返しができないので会話が途切れがちだった。
今日の講義が終わったら宿儺くんの家に遊びに行くのだと思うと妙に緊張してぎこちなくなってしまう。宿儺くんには大したことないのかもしれないけど、私にとっては一大事なのだ。
「ごちそうさま」
まだ私のオムライスは三分の一ほど残っているのに、山盛りのチキン南蛮定食はぺろりと宿儺くんのお腹に収まっていた。いつもより食べ終わるのが早い気がする。ほとんど喋らなかったからだろうか。
「ちょっとトイレ」
「あ、うん。行ってらっしゃい」
カバンやギターケースは置いたまま、宿儺くんが席を立つ。テーブルの上にはスマホ。大抵の人はトイレに行く時もスマホを手放さないのに、こういう所も宿儺くんはみんなとは違っている。自分のスタイルをしっかり持っているのってかっこいいなあと感心する。
ブブッ、とテーブル越しに振動が伝わってきた。宿儺くんのスマホのバイブ通知だ。何の気無しに置きっぱなしのスマホに視線を向けて、慌てて目を逸らした。画面に表示されていたのはラインの通知だった。
『今夜どうする?』
差出人は明らかに女の子の名前だった。簡潔な文面から、遠慮のいらないほどの仲の良さを想像する。彼女だろうか。夜ということは……デートの相談?
どうしてか、胸の奥がチクンと痛んだ。
***
オムライスを食べ終わって少ししてから宿儺くんが戻ってきた。
「スマホ、鳴ってたよ」
「そうか」
「あの、宿儺くんって、彼女……」
「見つけたぞ、宿儺」
彼女がいるなら、私なんて遊びに行かない方がいいんじゃ……と確認しようとしたのを、後ろから声をかけられて遮られた。
宿儺くんからは正面に当たる位置で、彼は私の顔よりずっと高い場所に、見上げているのに見下ろしているような視線を向けている。
「伏黒恵か。なんだ?」
え? 私はすかさず振り向いていた。だってその名前は、宿儺くんのスマホの通知に表示されていた名前だ。でも声は男の子のものだった。
「なんだじゃない。オマエ、夜の飲み会の出欠、返事してないだろ。ちょうどさっきライン送ったところだったけど、今すぐ聞かせろ」
黒髪をツンツン尖らせた男の子が立っていた。近寄りがたい目付きをしているが、私は宿儺くんで慣れていたのであまり気圧されずに済んだ。
彼が伏黒恵……くん? 女の子じゃなくて? 夜の……飲み会? デートではなく?
「興味が無いものになぜ手間を掛けねばならない」
「一言連絡入れるだけなのに面倒くさがるなよ。じゃあ欠席だな?」
「あんなもの、上級生の馬鹿騒ぎに付き合わされるだけで時間の無駄だ」
「ったく、代わりに返事しとくぞ」
「今後も行く気は無いと伝えておけ」
「そういう無駄に波風立てることするんじゃねえよ」
伏黒くんは何度か指をスマホに滑らせたあと、ちらりと私の方を見た。
「邪魔して悪かった。でも、文句はあっちに言ってくれ」
「え、あ、いえ……」
「それじゃ」
颯爽と去っていく後ろ姿を見送る。宿儺くんの周りは彼に似て鋭い空気感の人が多いのだろうか。さっきのは彼女からの連絡じゃなかったんだ、と安心して、私はほうと息をついていた。
「今のは伏黒恵。軽音部のメンバーだ」
「あ、う、うん……男の子、だったんだね……」
「はぁ?」
うっかり漏らした軽率な発言に、宿儺くんが訝しげに眉を顰める。私は慌てて両手をパタパタ振って弁明した。
「ごめんね、実はさっき、スマホ見ちゃって。伏黒……くんの名前見た時、女の子からだ、彼女かな……って、思ったから……」
「そういうことか。とんだ勘違いだったな」
「うん……よかった」
言ってしまってから、はっとする。私いま、とんでもなく変なことを口走らなかった?
「ほう? 俺に彼女がいなくて、何が良いんだ?」
案の定、宿儺くんはニヤニヤと意地悪な笑顔を浮かべている。
「だって……彼女がいるなら、遊びに行くなんて悪いかなって……!」
「それだけか?」
「も、もう……やめてってば……!」
宿儺くんはいつも私をからかってくる。やめてと言っても全く聞き入れてもらえない。興味が無ければ出欠連絡さえしないらしい宿儺くんが、私のことをからかう時はしつこいほど手間を掛けるのはどうしてだろう。
もしかして──
ありえないような理由を考えてしまって、どうしようもなく顔が熱い。こんな状態で遊びに行って私は無事でいられるのだろうか。
20210612