雨の音

♪  ♪  ♪


 今日の講義の終わり、急にざあざあと雨が降りだして、キャンパス内の学生たちは蜘蛛の子を散らすように室内へと駆け込んでいく。私も例外ではなかった。まだ梅雨入りもしていないし、天気予報は曇りだったから、油断して折り畳み傘を持ってきていなかった。
(図書館がいいかな)
 多くの学生は学食に逃げ込んだようだけれど、私は図書館を行き先に決めた。雨があがるまで課題をこなしたり、本を読んだりして過ごすつもりだ。

 図書館内の人影はまばらで、時折近くの席に座っている誰かがページを捲ったり、ペンを走らせたりする音が聞こえる。それ以外は雨音が雑音をシャットアウトする、静かな空間だった。
 作業は捗り、早々に課題を終わらせて、私は小説を読み進めていた。
「ふあ……」
 小さなあくびが漏れてしまう。
 胸が熱くなる戦国時代ものではなく、江戸に暮らす人々の日常に焦点を当てたものだったからだろうか──それとも、窓の外の雨音のためか──なんだか、眠く──

 はっ、と顔を上げる。
 そこで自分が本を読みながら寝こけてしまっていたことに気付いた。なんとなく恥ずかしくてキョロキョロ周囲を見回してしまう。
 ばち、と間近で目が合った。
「す……!」
「シーッ」
 口に人差し指をあててみせる宿儺くんに、私は慌てて発しかけた声を飲み込んだ。
 いつからいたのだろう。宿儺くんは隣の席に深く腰を下ろし、本を手にしていた。わざわざ私を見つけて隣に……? あれ、もしかして私、寝顔見られた……?
 頬が熱くなってくる。追い討ちをかけるように、宿儺くんがニヤリと笑って自分の口のはじっこを指でつついた。
「……っ!?」
 まさか……まさか、よだれ?
 大急ぎでバッグからタオルハンカチを取り出して口元を拭う。念入りに。
 もう、顔は湯立ったかのように熱い。鏡を見たら真っ赤になっているに違いない。
 クックッと声を殺して肩を震わせていた宿儺くんは、笑いの波が収まったのか、手元の本に視線を落とす。
 私も読書を再開しようと思ったけれど、いろんな意味で心臓がうるさすぎてしばらく文字が頭に入ってきそうにない。
 すぐ隣から、ページを捲る音が聞こえてくる。
 雨があがるまで図書館にいようと思っていた。
 外の雨音はもう聞こえなくなっている。
 でも私はまだ、ここにいたい。


20210519



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