塗り替わる世界の色

♪  ♪  ♪


「なんで連絡を寄越さない」

 宿儺くんがスマホを見せながら、子供を叱りつける親のような口調で言う。慌てて取り出したスマホには何件ものメッセージと、不在着信が届いていた。

「ごめん……気付かなくて」
「まったく……黙っていなくなられるほうの身にもなってみろ。二度とやるな」

 二度と、なんて。こうやってみんなで遊びに行くのに誘ってもらえるのはきっと今日が最初で最後なのに。

 宿儺くんが、ベンチに座っている私の隣に腰を下ろし、長く深く溜め息をついた。夜の暗さのためにわかりにくいけれど、黒いシャツに汗が染みを作っている。私がいなくなったせいでこんなに迷惑を掛けてしまうなんて、一時の暗い気の迷いをこの上なく後悔した。

「ごめん……ごめんね、宿儺くん」
「……なにがあったんだ」
「なんにもないの、私が馬鹿だっただけ。ほんとにごめんね」
「いいから言え。馬鹿な話だろうがなんだろうが。俺にはその権利があると思わないか?」

 首元を手で扇ぎながらそう言われると、なにも反論できない。私は膝の上で手をぎゅっと握りしめた。

「わ、私がいなくても、楽しいんじゃないかなって……私、邪魔なだけかもって思ったら、もう、あそこにいられなくて……」
「いなくても、だと? どうしてそうなる」
「……宿儺くん、が……あの子たちと、仲良さそうだったから……」

 ああ、だめ、違うの。こんな、宿儺くんのせいにしてるみたいなこと、言うつもりじゃなかった。悪いのは私、謝らないと……そう思うのに、涙ばかりが込み上げてきて、言葉が出てこない。

 はあ、と隣から溜め息が聞こえる。宿儺くんがどんな顔をしているのか、怖くてとても見ることができなかった。

「どうやら俺は判断を間違えたらしい。誘いに乗るべきじゃなかった」
「っ、ごめ……私の、せいで……嫌な、思い……」
「もう謝るな。オマエがそんな有り様になるのなら来るんじゃなかったと言っている。大方、あの女のどっちかに俺を呼べとでも言われたんだろう」

 黙ったままで頷いたら、頭をぽんぽんと宿儺くんが撫でてくれる。……こんな私なんかに優しくしたら駄目、なのに。

「人から言われたのか、それともオマエが恥ずかしがって友達巻き込んだのかわからないから一応乗ったが……誘われた時、あの場で確認しておくべきだったな。そうしていれば二人で行くと提案できていた」
「え……二人、って……」
「オマエが行きたいと言うから来たんだ、俺は。あの女どもはオマエの友達だというから無下に扱わなかったし、問題は男の方だった。奴め、オマエの脚をじろじろ舐め回すように見て……」

 え、と思わず顔を上げてしまう。宿儺くんは忌々しそうに眉間に深い渓谷を刻み込んでいた。
 あの男の子がそんなふうに私を見ていたなんて、全然気付かなかった。

「女どもは男の気を逸らしておくのに利用したまでだ。仲が良いように見られるとは心外だった」

 私のことなんてどうでもよかったんじゃなくて、私のためだったの?
 宿儺くんの言葉で、頭の中の霧が晴れたみたいに、今日の出来事を思い出す。

 私はなかなか自分からお喋りに加われなかったけど、宿儺くんは時々振り返って話しかけてくれていた。
 私がいつも遠慮してアトラクションに一人で乗っていたから、誘ってくれた女の子が気を利かせてジャンケンで席順を決めようと提案してくれた。たまたま私が負けてばかりで恩恵を受け取れなかっただけだ。
 ランチの時も、大勢でシェアするのが苦手な私のお皿に宿儺くんがピザを乗せてくれた。
 ちょっと休憩しよう、と途中で提案したもう一人の女の子は、私の口数が少ないのを疲れたからだと思ってくれたのかもしれない。あの子は全然元気そうだった。
 宿儺くんが睨みを効かせていたという男の子は、夕食のレストランで私にテーブルを確保して待っているようにと言った。一人だけ除け者にされたんじゃなくて、少しでも長く座って休めるように考えてくれたのかもしれない。

「わ、私……本当に、馬鹿だね……ごめんね……」

 私はただ、一緒に賑やかに喋ってみたくて。そうできない自分が悔しくて。宿儺くんと楽しそうに過ごしているみんなが羨ましくて。私以外の人が宿儺くんの隣にいるのが寂しくて。
 ……それで、嫌なことばっかり目について、勝手にどんどん落ち込んでいってしまった。私の悪いクセが出ただけで、本当はみんな、私のことも気にかけていてくれたんだ。

「もう謝るなって言ったはずだ」
「うう……でも、本当に私、馬鹿で……」
「オマエがそこまで参っていると気付けなかった俺にも非はある。慣れない場所に来て緊張しているせいかと軽く見ていた。悪かった」
「そんな……宿儺くんが謝ることなんて」
「そう思うなら、これからはなんでも俺に言え。一人で抱えるな」

 じっとまっすぐ私を見下ろす宿儺くんの視線は痛いほどに真剣だ。胸に突き刺さって、開かれ、内側を暴かれる。そんな想像をしてしまう。
 痛いし恥ずかしいし、秘めておきたい。だけどもう苦しくて、さらけ出してしまいたい。相反する情動がぶつかって、一度引っ込んだはずの涙がまた溢れてくる。

「……わた、し……ダメだよ、私なんかが宿儺くんにそんなに迷惑、かけちゃ……」
「迷惑じゃない。……もうまだるっこしいのはやめだ」

 宿儺くんの手が伸びてきて、私が膝の上でぎゅっと握りしめていた右手を上から包んだ。ごつごつした手の内側にすっぽり収まる私の手は、ひどくちっぽけだった。

「付き合うぞ」
「……え……」
「オマエだけを俺の特別にする。もうなにも遠慮するな」
「え、えっ……?」
「代わりに俺も遠慮しない。覚悟しとけよ」
「ま、待って、だって、」
「なんだ、問題があるのか? オマエ、俺のことが好きなんだろう?」
「っ……!?」

 私の気持ちはとっくに見透かされていた? どうして? いつから?
 うろたえて息が詰まった、その瞬間。

 ドォン……!
 大きな音を響かせて、世界の色が塗り変わる。

「俺もだ」

 パレードの終焉を彩る大輪の花火。その打ち上げ音に重なっていたけれど、その中でもはっきり聞こえたその言葉は、夜空に煌めく一瞬の花が散った後も私の世界を眩く照らすものだった。

「宿儺くん、が……私を……?」
「ああ。だからもう、どこにも行くな。俺の隣にいろ」

 見上げた先の、ふっと頬を緩めた表情は、なんだかとても大人びて見えた。

 私の右手を包む宿儺くんの手にぎゅっと力がこもる。逞しくて力強い彼の手は、私の内側の感情なんてもっとずっと前から暴き出していて、それでいてこうして温かく包んでくれているのだ。
 急に身体から力が抜けて、脱力した表情筋がへにゃりと情けない泣き笑いのような顔を作ってしまう。それでも宿儺くんは満足げに目を細めた。

「やっと笑ったな」
「……宿様くん、ほんとに、私でいいの……?」
「くどい。二度も言わせるな」

 花火を最後に、遠くで鳴っていた音楽やライトはいつの間にか消えて、周囲には人通りが戻ってきていた。パレードは終わって混雑は解消したけれど、まだ、ここでこうしていたい。宿儺くんの隣を一人占めしていたい。

「あいつらには、合流できたからこのまま二人で帰ると伝えておく」

 そう言ってスマホを操作する宿儺くんも、同じ気持ちでいてくれるのかもしれない。
 なにをするでもなく、言葉もなく、ただ静かに手を重ねて隣り合っている。それだけのことにこの上なくふわふわした、幸せな気持ちになっていた。
 これからは宿儺くんの隣が私の、私だけの、居場所だなんて。まるで恋愛小説の中の女の子になれたみたいな、夢のような心地だった。


20210725




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