砂糖をまぶす



 ハンバーグが食べたい、なんて意外だ。
 呪いの王という凶悪な肩書きからは肉汁滴るレアステーキにかぶり付く姿などを想像したくなるけれども、私の狭いワンルームに訪れた宿儺のリクエストはまるで巷の彼氏が彼女に作ってもらいたい料理さながらである。
 いや、実際宿儺と私は不思議なことに恋人として付き合っているので、なにもおかしなことはないはずなのだけれど。なんというか、おやつに食べたとっておきのスイーツが思いの外重くて胃にもたれているような、消化不良気味の感覚を抱きながらも黙々と調理を進めていく。
 挽き肉と玉ねぎ、牛乳でふやかしたパン粉、それから卵を混ぜ合わせて捏ねる、捏ねる。粘りが出たところで成形し、フライパンへ。捏ね過ぎないのがふんわり仕上げるコツ。
 一連の工程を、宿儺は私の後ろから興味深そうにじっと眺めていた。

「面白いの?」
「ああ。刻んだ肉を捏ね回して別の形を与えるとは呪詛のようではないか。それをオマエのような毒にも薬にもならんような女が行うなぞ、なんとも不遜で愉快なことだ」
「ハンバーグが好きな理由、そこ?」

 彼独特の感性に肩を竦めつつ、ハンバーグの片面を焼いている間にベトベトになった手を洗おうと、私は流し台の前に立った。生地を捏ねているとどうしても手が脂まみれになる。洗ってもなかなか落ちない曲者だ。簡単な解決策があると知ったのはつい最近のこと。
 あらかじめ用意しておいた小さじ一杯分の砂糖を手のひらに乗せ、両手を合わせてごしごしと刷り込む。こうすると肉の脂と砂糖がくっついて、簡単に洗い流せるようになるのだ。ネットの知識、バンザイ。
 宿儺はまだ私の手元をじっと見つめていた。料理の材料を手を洗うのに使うなんて不遜だとかなんとか、また小難しいことを考えているのだろうか。
 そんなことよりそろそろハンバーグをひっくり返そうと、今度はフライパンの前へ移動する。宿儺も後ろからついてくる。

「……まだもうちょっと、かな」

 少しだけ持ち上げたハンバーグの底面は焼き色がまだ不十分だった。と、フライ返しを置いた私の右手が、不意に宿儺に掴まれた。

「なに……、ぃっ!?」

 問い掛ける暇もなく。宿儺は私の手を口元に持っていき、がぶり。ためらいもなく歯を立てた。

「い、痛い、痛いっ! なにやってるの!?」
「なんだ、オマエもついに肉を差し出す決心がついたのではなかったのか。調味料を刷り込んでいただろう」
「お砂糖のこと? あれは手を洗うためで……あ、ああ!? ちょっ、ハンバーグ焦げるから離して!」

 勢いで宿儺を振り払い、慌ててハンバーグをひっくり返す。ほんのり黒く焦げくさいのは宿儺のせいだ。断じて私の失敗ではない。くっきりと歯形の残る手でフライパンに蓋をする。
 宿儺は再び私の手を取った。また噛まれるのではと警戒するが、今度はぐりぐりと骨をいじったり、感触を確かめるかのように触られるだけだった。

「これを調理する時には焦がすなよ。風味が損なわれては興醒めだ」
「や、焼くわけないでしょ!?」
「ほう、では刺身か。ならばどうして止めた」
「人の手を食べる前提で話さないでってば!」

 その晩、ちょっぴり黒いハンバーグを一緒に食べながら、宿儺は何度も私に視線を向けてきた。ご飯を食べながら私の味を想像していたんじゃ……? なんてことは、考えないようにしておこう。


20220712
7月頃〜2023年5月頃
拍手お礼ってなんだか食べ物ネタに走っちゃう笑

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