待て
「二度と俺に近付くな」
宿儺はそう言って身体ごと顔を背けた。どこか寂しげに見えるその横顔を見つめながら、私は左手をさする。彼の反転術式で治療してもらったばかりの手だ。身体は容易く反転できるのに、心はどうしたら巻き戻ることができるのだろう。
***
初めてのキスをした。ほんの数分前のことだ。
私が逃げるはずなんて無いのに、宿儺はわざわざ私を壁際に追い詰めて、両手を壁に縫い止めてきた。啄むように唇を重ねながら指を絡め合って、その時の私たちは人も呪いも関係ない、ただの想いを寄せ合う男女であったと思う。
徐々に深まるそれに身も心も溶かされそうになっていた時──夢心地だった私は、左手に走った突然の激痛により現実に引き戻された。
「いっ……!」
思わず声を上げた私に、はっとした顔でこちらを見下ろす宿儺。ズキズキと鈍く痛みを発する私の左手は赤紫に変色し腫れていた。
握り合う手に力を込めすぎたのか。我に返ったような宿儺の表情を見れば故意ではなかったことは明らかだが、やはり彼は常人とは根本の異なる存在なのだと思い知る。
「二度と俺に近付くな」
すぐさま宿儺が用いてくれた反転術式により私の手は綺麗に元通りになったが、治療を終えた宿儺はそう言って顔を背けてしまったのだった。
「宿儺、大丈夫だよ。治してもらったからもうなんともないもの」
なるべく明るい声を出しながら左手をひらひらと振ってみせるが、彼はこちらを見ようとしない。
それならばと、私は宿儺の正面に回り込んでまっすぐに彼を見上げた。
「宿儺」
「近付くなと言った筈だ」
「怖がらないで」
私の言葉に、宿儺は僅かに目を見開いた。まるで傷付いたのは彼のほうであるかのような顔だ。堪らない気持ちになって、私は彼の頬へと両手を伸ばす。
「待て」
そう言いながらも払い除けようとする気配が無いのを確かめて、包み込むようにして宿儺の頬に触れ、そっと撫でる。
宿儺は黙って目を閉じた。その瞼の奥にどんな想いが去来しているにしろ、私はそれに寄り添いたいと思った。
「大丈夫。傷つけ合って、慰め合って、一緒にいようよ、私たち」
背伸びをして、触れるだけのキスをする。宿儺は拒まなかった。
「……痴れ者が」
小さな呟きと共に引き寄せられて、私の顔は宿儺の肩口に埋められる。背中に回った宿儺の腕が、加減を探るようにしながら徐々に強く私の身体を抱き締めるのに、どうしようもなく愛しさが込み上げてきた。
20210403
ツイッターにて、相互さんのイラストにSSを添える企画に参加させて頂きました。
宿儺の切ない表情が堪らなく愛おしくて書いたものです。