白馬の王子様は雷鳴を轟かせて



 コンクリートの橋脚に強く背中を打ち付けて息が詰まり、一瞬、視界が白く飛んだ。気を持ち直した時には既に死神の手は私の首に掛けられている。
 まさに絶体絶命。私の命は無情にもポイントとして処理される瀬戸際だ。

「まあ楽しめた。だが、ここまでだな」

 私の首を掴みコンクリートに押し付けている、特徴的な髪型の術師がニヤリと笑う。
 ここまでだなんて、言われるまでもなくわかっている。もはや四肢に力は入らず、呪力もほぼ空っぽ。「宿儺を知っているか?」の一声から私に襲いかかってきたこの男は私より遥かに格上で、逃げることも迎え撃つこともできず、どうにか抵抗だけはしたものの結果としてはこの有り様だ。
 呪術の世界に入った時には理不尽な死を覚悟し、呪詛師として外道に堕ちることを決めた時にはまともな死に方はできないと諦めた。ゆえに、死を目前にした今この時も私の心は不思議なほど凪いでいる。それどころか──

「おい、なにを笑ってる」
「……ケホッ……別に、悪くないなって……思っただけ」
「ハッ。よくわからねえ女だ」

 私を死に追いやるこの男はよくよく見れば随分と整った顔をしている。死神が美形だなんて外道の身にはもったいないようなうまい話だ。
 加えて彼の戦いぶりを見れば負けた相手をいたぶるような趣味はしていないこともわかる。圧倒的な力を持つ彼の手に掛かれば苦しむ暇もなく一瞬で私の命は散るだろう。美しく強い男の手で、苦しまずに死ぬ──この、わけのわからない儀式の中で迎える最期としては、上出来な部類だといえるのではないか。

「じゃあな。あの世でもそうして笑ってろ」

 私は瞼を閉じてその時を待った。
 ──だが、神速の打撃も、紫電の稲妻も、一向に放たれる気配がない。

「……オマエ、なにをした?」
「なに、って……ッ……!?」

 突然首の拘束を解かれて中途半端に浮いていた身体が地面に崩れ落ちる。狭められていた気道へ急激に入り込んできた空気にむせてしまって、私は情けなくへたり込んだまま何度も咳き込んだ。
 そんな私を追い詰めるように男が屈んで、無遠慮に顎を持ち上げてきた。ひゅっと私の喉から変な音が鳴る。私の命を容易く奪えるはずの男がなぜかそうせず、整った顔立ちを訝しげに歪ませて至近距離からこちらを凝視している。

「拳が持ち上がらねえ。喉笛を締め上げる力も出ねえ。挙げ句、呪力も放てねえ。オマエ、どうやって俺の力を封じた?」
「……?」

 男がなにを言っているのか理解ができない。なにしろ私はなにもせず、ただ最期の瞬間を待っていただけなのだ。封じる、なんて芸当も私の術式では行えるはずのないことだった。

「くそ、なんだ? 毒でも仕込んだか? いやに鼓動が早くなりやがって……」

 苦虫を噛み潰したような顔をしつつ、男の頬はかすかに紅潮しているように見えた。粗野な言動のわりに綺麗な顔をしているせいだろうか──その表情は、私がまだ純粋な学生だった頃に好んで読んでいた少女漫画に出てくる男の子のように見えてしまう。なにかのハプニングから主人公の女の子と特別な関係になるような──こんな呑気なことを考えている場合ではないのにドキドキしてきた。

「あの、私の術式じゃあ封じるなんてできないし、毒だって持ってない、ので……」
「だったらどう説明つける……って、オマエも火照ってんじゃねえか」
「ひゃっ……!」

 急に額を手で覆われてまた変な声が出た。確かに彼が言及した通り私の顔は熱くなっているのだが、触れられたせいで一層ひどくなったような気がする。

「オマエにも影響が出てるとなるとどこかから横槍入れた奴がいるのか。おい、離脱するぞ」

 男がすっと立ち上がり、こちらに手を差し伸べてくる。その意図を掴みきれず、私は彼の手と顔を何度も見比べて困惑してしまった。

「え、と……? 私も?」
「よくわからねえが、オマエをここに置いていくのは寝覚めが悪そうだ。来い」

 きっぱりと言い切る彼の中では、心身の不調は第三者の仕業によるもの、ということになっているらしい。私としては内心、彼自身の心の動きによるものなのでは──ということを期待半分に考えてしまうのだが、あまりにも少女漫画脳なのと自意識過剰めいているのとでそれを口にすることは憚られた。
 ただ、満更でもないのも事実なので、彼の手を取り立ち上がる。雷鳴を轟かす、美しくて強い王子様。この死闘の結界を舞台にしたロマンスが始まるのだとしたら出来すぎな配役だ。

 ──戦うこと以外には鈍感な一にやきもきして振り回されるようになるのは、それから少し経ってからのこと。



20220710
糖度高い鹿紫雲夢書きたい!って思ったんですけどどうしてこうなったのか…

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