さよならの先へ



 またな、なんて言葉は聞きたくなかった。
 宿儺様が去っていった漆黒の闇の向こうを見つめる私の頬を、次から次へと涙の雫が流れ落ちていく。そんな私の有り様を見て、裏梅さんが冷たく息をついた。

「泣くな。みっともない」
「だって……あの時と同じ言葉なんて、裏梅さんも聞きたくなかったでしょう?」
「……」
「別れだというなら、ただ手を振ってくださるだけでよかったのに……どうしてこんな、残酷な……」

 切り揃えられた前髪の下で眉がぴくりと跳ねる。冷ややかな言葉が続くかと思われたが、裏梅さんはただ長い睫毛を伏せただけだった。

 この人も千年前の記憶を反芻しているのかもしれない。宿儺様が羂索との契約に従い、呪物へと転じるために自らの姿を失ったあの日──宿儺様は広く大きな背中で「またな」と口にした。それが私たちが目にした宿儺様の最後の姿だった。
 待ち続けた千年間は気が狂いそうなほど長かった。永遠にも感じられる時間の中、再び宿儺様とお会いすることだけを希望にただ待った。ようやく成し得た再会はほんの数分で──あの時と同じ言葉でまた離れ離れになってしまうなんて。こんな残酷なことがあるだろうか。

「あれは別れの言葉ではないでしょう」
「え……」

 裏梅さんの眼差しは冷ややかなままだったが、その声にはどこか幼子に言って聞かせるような響きがあった。

「今一度、再会を約束してくださった。そう捉えなさい。宿儺様は約束を違えることはしない。こうして長い時間を掛けても再びお会いすることが叶ったのだから、次も必ず」
「……私もう、千年なんて待つ気力ありません」
「当然だ。私とてこれ以上待つつもりなどない」

 ひゅう、と冷たい風に濡れた頬を撫でられた気がした。それは裏梅さんから立ち上る冷ややかな呪力だ。氷のような眼差しの奥で絶対零度の闘志が燃えている。あまりにも冷たい温度のものに触れた時には、やけどをしたような錯覚に見舞われるという。私は肌を焼かずともその感覚を感じ取っていた。

「羂索の目論見が果たされることが宿儺様の復活にも繋がるはず。宿儺様が敢えて私たちが供をすることを許さなかったのは、私たちはあの者に助力せよというご意志でしょう」

 私よりも長く宿儺様にお仕えしている裏梅さん。私よりも遥かに別れの痛みを強く感じているはずのこの人が先を見据えているのだから、私もまた俯いてはいられない。
 涙の跡を手の甲でぐっと拭う。いつの間にか泣き止んでいた私を見て、裏梅さんがふっと顔を和らげた。

「泣き虫はもう治まったようだ」
「……感動の再会に流す涙のために、とっておきます」
「その意気だ。行くぞ。遅れをとるな」
「もちろん。足手まといになる私じゃありません」

 笑みを深めた横顔に連なり、強く地を蹴る。巨大な柱状の建造物が乱立する闇の中、宿儺様の呪力の余韻を感じながら風を切る。この力強さをもう一度、間近に感じるために。


20220216
#juju版深夜の真剣夢書き60分一本勝負にて書かせていただきました。
お題【泣き止む/永遠/さよならは内緒で手を振ってください】

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