新時代の烽火



 巨大な墓石のような建造物がひしめく街並みを月明かりが照らす。

「探したよ、宿儺」

 ある背の高い建物の屋上。金網に背を預けて空を見上げる男は生前よりも随分小さい姿になっていたけれど、尊大な物腰は何一つ変わらず昔のままだ。

「探させてやったのだ。わざわざこうして見通しの良い場所に出て、呪力も流してやったろう」

 私は隣の建物の屋上から彼のもとへ跳び移った。私の姿を追うように、上を向いていた宿儺の視線が地面と水平になる。挑発的な笑みの形に弧を描く眼。艶やかな睫毛の奥の妖艶な紅の色彩は私の記憶にある通りのもの。宿儺の色だ。

「久しぶりね……本当に。元気そうに見えるけど、こんな死骸みたいな街でくすぶってるのはらしくないんじゃない? 活きのいい術師はもう羂索の結界に集まっているみたいよ?」
「そう言うな。生憎と自由に動ける身ではない。業腹だがな」

 皮肉げな笑みで宿儺が語った今の彼の境遇は、にわかには信じがたいものだった。あの宿儺が器となった肉体の主導権を握れないでいる。今は宿主が深い眠りに落ちているから意識を表に出せるだけで、普段は内側に封印されているだなんて。

「……千年の間に、人間は随分と逞しくなったのかしらね」
「さてな。オマエはどうだ。この時代に、そそられるものは見付けたか」
「私まだ目覚めて数日よ? 答えるにはもう少し見聞を広げたいかな」
「その割には現代にかぶれているようだが」

 なにに言及されているのかわからなかったが、宿儺の視線が私を上から下まで値踏みするように動いたのを見て合点がいった。

「この格好のこと? だって着心地良いんだもの」

 現代の衣は、初めこそ身体にぴったりと張り付くようで落ち着かなかったけれど、すぐに良さがわかった。軽いのに暖かく、伸縮性もあって動きやすい。

「私の身体、昔よりも背丈が伸びたし肉付きもいいの。せっかくだからこの身体を活かした装いをしたいなあ、って」

 器の影響で、私の形もまた宿儺同様に千年前とは異なっている。この身体のほうはすぐに気に入った。柔らかくて滑らかで、使い甲斐のある身体だと思う。

「ほう? どれ、試してみるか」

 宿儺が悠然と距離を詰めてきた。近くで見ると一層、小さくなったなと実感してしまう。

「確かにな。以前には無かった感触だ。……一枚、余計な布があるようだが」

 彼は当然のように私の服の裾から手を突っ込んできて、薄い布越しに胸を鷲掴みにしてきた。形は小さくなってもふてぶてしさはやはり変わらない。

「っ……そういうの、“せくはら”って言うんだって、この器の知識にあるみたいだけど?」
「俺のものに俺が触れて、何の問題がある?」
「ん、っ……私まだ、宿儺のもののまま、だったのね……?」
「当然だ。たかだか千年の隔たりで俺から逃げられると思ったか」

 軽口を交わし合い、互いの立ち位置を再確認する。変わらないものは、その性根の部分だけではないのだった。
 服の中から抜かれた宿儺の手が私の顎を掬い上げた。間近に覗き込んでくる瞳の中に、確かな熱さを感じる。夜気に冷えた身体が火照ってくるほどの熱だ。

「宿儺……」
「……良い顔をする。オマエのそれは千年前から変わらんな」

 艶めいた囁きが落とされ、唇が重ねられる。いきなりのそれに驚いて私は思わず宿儺の衣をぎゅっと握りしめた。触れ合うよりも先に口内を暴かれるなんて。一瞬にして余裕を手放し翻弄される私の舌を、宿儺は丹念に絡め取り、弄び、最後に吸い上げた。銀の糸を引きながら唇が離れる。私の濡れた唇からは荒い吐息が漏れ出てしまう。

「い、きなり口吸いなんて……そんなにがっつく男だったかしら……?」
「なんだ、知らんのか? これの意味も以前とは変わったようだぞ?」
「知ってるけど……けど……!」

 現代ではキスと呼び、比較的気軽な愛情表現……ということは知識としては得ているけれど、感性は私自身のものなのだ。生前のあの頃はこういう行為は褥の中で、しかもだいぶ盛り上がった時にだけするものだった。外で、いきなりなんて、刺激が強すぎる。

「私に現代かぶれなんて言っておいて、宿儺も相当なものじゃないの……」
「今頃気付いたか。なかなか良い時代になったものだと思うだろう?」
「……ふん。まだよく知らないわよ」
「ケヒヒッ、そう拗ねるな」

 悪戯が成功した童のようにご機嫌な笑みを浮かべる宿儺。なんだか毒気を抜かれてしまって、私は短く溜め息をついた。
 安心した。宿儺の中にはかつての身体を失ったことの憂いも、呪いの王として君臨した時代への郷愁も無いようだ。受肉したこの時代を新しい肉体で存分に楽しもうとしている。彼を見習って私も新しい時代に馴染もうと、清々しさすらも覚えていた。

「オマエはもう行け。小僧が目覚めると面倒だ」

 小僧、というのが彼の器のことだと理解するのに少し時間がかかった。

「……それじゃあ、例の儀式に参加してこようかな。宿儺も行くのよね?」

 羂索の遊びに付き合うのが、私たちが呪物と化して時代を渡ることへの対価のようなものだ。

「さて。小僧の動き次第だが、遅かれ早かれ行くだろう」
「面白そうな術師を見繕いながら待ってるわね」
「好きにしろ。だが、下手を打って勝手に死ぬことは許さんぞ。オマエは──」
「宿儺のもの、でしょう? 肝に銘じておくわ」

 ふ、と緩んだ宿儺の微笑にひらひらと手を振ってみせて、私は隣の建物の屋上に跳び移った。そこから続けて跳躍し、月夜に身を躍らせる。遠いと思われた夜明けは案外近くに来ているようだ。新しい呪いの王の時代の幕開けが。


20220225
この鹿紫雲くんの話と同じ夢主で回遊参加前に宿様と再会できたパターンです。

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