「う」のつく勘違い



 家事を全て済ませた風呂上がり。冷蔵庫から取り出した期間限定パイナップル味の缶チューハイを開け、ソファーでくつろぎながらテレビを付けてスポーツの祭典を観戦する。なんとも贅沢でまったりとした時間だろうか。

「……いっ!?」

 しかしそのリラックスタイムは、首筋に突き立てられた鋭い犬歯によって食い破られることとなる。

 甚平の隙間からほかほかと湯気を立たせながら脱衣所から出てきた宿儺が、ソファーの隣に腰かけてきたかと思えば、すっと私に顔を寄せて思い切り噛みついてきたのだ。

「あ、ちょ、なにす……」
「ふん。甘すぎる。まるで果汁だ。こんなもの酒と呼べるか」

 手に持っていたチューハイの缶を宿儺に奪い取られた。彼はさも当然のように口を付けて、そして憚りなく酷評を下す。

「い、いいでしょ、なに飲んだって」
「ククッ……酒の力も借りたいほど恥じらっているのか。先程から、オマエにしてはいじらしい態度を取るものだ」

 彼はなにを言っている? 意地の悪い笑みと共に発せられた言葉への理解が追い付かない。私の頭には疑問符ばかりが募る。

「そうとぼけた顔など取り繕わずとも良い。オマエの望みならばわかっている」

 宿儺はチューハイの缶をソファの肘掛けに置き、そして私の肩に力をかけて押し倒してくる。甚平の襟の合わせから紋様の走る筋肉質な胸板を覗かせて、宿儺が覆い被さってくる。

「待って、なにを……」

 心の準備もできていないのにいきなり、やめてほしい。なにを考えているのかわからないが、私の望みというなら、それは美味しいチューハイを飲みながら試合を観戦することだ。決勝進出がかかっている試合の結末を見届けたいという乙女心を汲み取ってはくれないものか。

「夕餉の折にオマエが言ったのではないか。特別に奮発して用意した食事だ、と」
「あ、ええと、うなぎのこと?」

 今日は土用の丑の日だから、と定番のうなぎの蒲焼を用意した。粗雑なようでいて季節の移ろいを感じることを楽しむ気質の宿儺ならばこういった行事にはことさら関心が深いだろうと、特別にちょっとお高いものを予約して。

 それがどうして、押し倒される羽目に?

 見上げれば、傲岸で悪辣な笑みがあり──いやらしく細められた双眸は艶めいて、そこには確かな欲の炎が宿っていた。

「わざわざ精のつくものを用意して、日頃の不満を訴えたのだろう? お前を壊さぬようにと加減してやっていたつもりだが、よもや足りていなかったとは悪いことをした。今夜は満足するまで、存分に悦くしてやろうなぁ?」

「っ……!? ま、待ってってば! うなぎはそうじゃなくて、まさか土用の丑の日って知らな──ん、ぅっ」

 昔からの風習だと思っていたのに、千年前から存在しているこの男が知らないなんていうことある? しかし唇に噛み付かれ、説明しようとした声は宿儺の口の中に消えて行ってしまった。

 混ざり合った唾液は互いにほのかに甘酸っぱい果汁の味が残っていた。絡め合う舌の動きがいつもより強引で、ついて行くのに精一杯になり彼の襟元にぎゅっとしがみついてしまう。

「……んっ……ん、ぅ……」

 普段との舌遣いの違いに、今までのキスはただほぐし、開くための手順として与えられていたものに過ぎなかったのだと思い知らされる。後頭部を掴まれ逃げ場をなくされて、舌の裏も表も、歯列も、その奥も、隅々まで丹念に舐り尽くして好き勝手に蹂躙していく様から、宿儺が私を求める情欲の熱が伝わってきて身も心も焦がされる。
 この先もこんなふうにされたら、私、一体どうなって──

「っ、は、はぁっ……」

 つう、と銀の糸を垂らしながら、宿儺の唇が離れていく。それを舐め取る舌の赤い色がひどく艶めいていて、ゾクリとした。

「いい顔だ。オマエの表情は、取り繕わずにいるほうが見応えがある」

 褒めるように頭を撫でた手が耳の裏を取って首筋に降りていく。こうして捕食者に捕らえられた以上、逃げることは不可能だ。私は観念し、凶悪な獣の牙に身を差し出したのだった。



20210728
土用の丑の日にちなんで書きました。
たまには日常系のお話も。

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