呪力電磁砲



 チュインッ! と鹿紫雲の足元でアスファルトが爆ぜた。丸く穿たれた弾痕。
 そこから飛び出した跳弾と微細なコンクリート片が鹿紫雲を襲ったが、いち早く身を引いた彼の頬の皮膚を浅く薙いだのみで致命の傷には至らない。

 鹿紫雲は瞬時に半歩後ろを歩いていたなまえを抱きかかえて更に跳躍を重ねた。
 チュンッ、チュインッ、と同様の攻撃が彼ら二人を襲うものの、鹿紫雲の速度には追い付けない。ただ鹿紫雲の足跡を辿るようなかたちで地面に弾痕が刻まれただけだった。

 ──弾痕、である。
 当然のことながら鹿紫雲はそれを初めて見る。近代兵器の爪痕をすぐにそれと認識できたのは受肉した際に器となった人間の知識のおかげだ。
 銃器の類いがこの時代に氾濫した娯楽においては比較的ポピュラーな部類に入る武器であることが幸いした。

「なに、なんなの!?」
「オマエは黙ってろ。舌噛むぞ」

 未だ状況を理解しきれていないなまえにぴしゃりと言い放ち、鹿紫雲は走る。
 ぼんやりしたところのある彼女を姿なき襲撃者から守るためには速度を緩めるわけにはいかない。

 付近から殺気の類いは感じない。どうやら遠距離から狙われているようだ。銃撃は連射が効かないらしく鹿紫雲の辿った道のりを断続的に穿つのみだが、アスファルトをも抉る威力を生身の身体で受けたら一溜りもない。
 ──ライフルによる狙撃だとは知りもしない鹿紫雲であるが、その洞察力だけで既に銃の特性を理解していた。

「一旦隠れる。オマエは奥で縮こまってろ」

 言うが早いか、返事も待たずに鹿紫雲はある建物の窓ガラスを割って飛び込んだ。
 死滅回游の最中である今はその場にそぐわない暗闇と静けさに満ちたそこは、パチンコ店のフロアである。

 建物の中にまで及ぶ銃撃を振り切り、鹿紫雲は奥のカウンターに転がり込む。
 なまえを安全なカウンター下に押し込み、代わりのものを片手で引っ掴んで、鹿紫雲は再度フロアへ躍り出た。

 柱や壁で身を隠しつつ、時折わざと姿を露にして銃撃を誘いながら、徐々に外へと近付いていく。
 囮になっているのでも、自棄になっているのでもない。
 近代兵器による狙撃に晒されながら、鹿紫雲にはそれを打破する策がある。

(ビルの窓際、あっちの屋上、それにあそこの窓と──)

 命を天秤に乗せた戦闘特有のヒリつく空気が鹿紫雲の感覚を最大限に研ぎ澄ます。
 潜在能力を十二分に発揮した彼の動体視力は、毎秒1,000メートルに迫る弾速で襲い来る銃弾をも捉え、その軌跡から狙撃者の位置を割り出していた。

 場所がわかれば次はいかに反撃するかだ。
 鹿紫雲の得意とする雷撃を放つには一度接近戦を仕掛けて電荷を片寄らせる必要があり、遠距離で複数人に囲まれた場合には即座に対処することはできない。

 ただしそれは、電気を敵に放つことだけに拘ればの話だ。

 ヂィイイイイ──!

 呪力を放出し鹿紫雲自身の周囲に電磁の力場を形成する。
 空中に描く仮想の電極は二本。視線の先、狙撃者のうち一人に向かって平行に伸びる電磁軌条。
 その根元にあたる位置に拳を置き、呪力出力を最大化すると共に握り込んだモノを親指で弾き出す。
 先程、カウンター裏で掴み取ってきたパチンコ玉だ。秤との戦闘を経験していた鹿紫雲はパチンコ店で使用されている遊戯球に対して“使えるモノ”という認識がある。
 小さな鋼の玉は磁場と電流により生じた力を受けて超音速で射出された。

「ハッ! いいねぇ」

 鹿紫雲の頭にあったのはある電磁気現象──フレミング左手の法則としてこの時代においてはある程度知られている、磁場中の導体に電流が流れる時に力が作用する現象である。
 器から得た、自らの呪力特性に応用できそうな知識を半ば場当たり的に実行したが、その成果は鹿紫雲の想像を超えていた。

 鹿紫雲が咄嗟に構築してみせた機構は未だフィクションの中でしか存在していない近未来電磁兵器──レールガンのそれであったが、当の鹿紫雲には知る由もない。

 しかし期待以上の手応えに満足した鹿紫雲は、第二、第三の鋼玉を続けざまに射出した。

 ヂィイイイイ──バシュッ! バシュッ!

 直径11ミリのパチンコ玉はライフル銃の初速すら大幅に上回る秒速6,000メートルで飛び出す。
 空気抵抗による摩擦熱で鋼玉はプラズマ化し、激しい電荷の火花を散らしながら飛翔した。

 標的となった狙撃者は、超速で迫る火の玉の正体をついぞ知ることもなく──

 ぼっ。ぼぱっ。

 現実化したフィクションの弾丸に射貫かれ、その常軌を逸した威力に肉体は紙吹雪のごとく吹き飛んだ。

 さすがの鹿紫雲にも襲撃者の末路を視認するだけの目は無かったが、狙撃が止んでしばしの時間が経過したことで危険が去ったことを認識した。
 言い付け通りカウンター裏に隠れていた連れの元へ歩み寄り、ぽんと軽く頭を撫でる。

「安心しろ。終わったぞ」

 なまえは不適に笑う鹿紫雲の顔を見上げて、強ばっていた肩の力を抜き、へにゃりと頬を緩めるのだった。


20221010
賢く楽しくレールガンしてる鹿紫雲が書きたかっただけの話。
軍隊が攻めてくる…!と思ったら、狙撃部隊に囲まれるけどレールガンで狙撃し返して無双する鹿紫雲のイメージが頭から離れなくなりました。
近代兵器相手には特攻でしょ鹿紫雲。大活躍してほしい!

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -