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 荘厳な雷鳴で私は目を覚ました。なにが起きているのか容易に想像はついたけれど、パンダ先輩と相談して念のため見に行くことに。
 肌寒い朝の空気。パンダ先輩を背中側から抱っこさせてもらうとモフモフがカイロ代わりになって暖かい。遠く海の水面は朝日を受けて煌めいている。
 そんな、静かであるべき晩秋の朝には全く似合わない稲妻、轟音、粉塵、それから強い呪力。戦いの場となったコンテナヤードは今世紀最大の台風が襲来したかのような惨状だ。隔絶された結界の中で良かったかもしれない。高専宛てに損害賠償請求が来てしまったら夜蛾学長がどんなに怒るか──と考えてしまった。学長は、もういないのに。私はパンダ先輩をぎゅっと抱きしめた。

「……」
「ん? なまえ、どうした?」
「……ううん。なんでもないです」

 バヂィッ! ひときわ苛烈な雷が迸り、それを最後に辺りは静かになった。粉塵の向こうからゆっくりこちらに歩み寄ってくる人影。彼の周囲ではパリパリと呪力が放電して、戦闘の余韻を漂わせている。

「よう。朝の散歩か?」

 得物の棒でとんとんと肩を叩く鹿紫雲は上機嫌そうで、スッキリした顔をしていた。私は昨日の倉庫での出来事のせいで彼の顔を見るのがなおさら苦手になってしまい、ふいっと視線を外し鉄くずの瓦礫の山に目を向ける。

「すごい音がしたから見に来たの。アンタが死んでないかと思って」
(待て待て、挑発するなって)
(いいんです! 態度がデカいのはあっちなんだから!)

 まだ鹿紫雲のことが怖いらしいパンダ先輩に小声でたしなめられてしまったが、私のほうはパンダ先輩が盾になってくれているおかげで少し強気でいられた。盾というのはあくまで精神的な話であって、いざとなったらパンダ先輩を囮にして逃げようとかそういうことを考えているわけでは決して無い。──無いのだ。本当だってば。

「へえ、心配だったってわけか?」
「違う!」

 私の悪態を可笑しそうに受け流す鹿紫雲を見て、パンダ先輩が首を傾げている。倉庫での事件をパンダ先輩は知らないので、私たちの距離感を不思議がるのも当然だ。

「呪力が戻ればこっちのもんだ。たかが群れてるだけの呪霊に遅れを取るようなヘマはするかよ」

 鹿紫雲の偉そうな言葉を聞くまでもなく、昨夜まで辺りをうろついていた呪霊たちの気配がなくなっていることはわかっていた。一晩休んで回復した鹿紫雲は「呪霊を野放しにはしない」との宣言を有言実行したのだ。口先だけの男でないということは信頼できる──と、認めなければならない。

「……で、オマエらいつまで引っ付いてるつもりだ?」

 さっきまで上機嫌だったのに、鹿紫雲の纏う空気が急激に冷え込んだ。腕の中でパンダ先輩が「ヒュッ!」っと変な音を出している。

「なによ、なんか文句ある?」
「あったりめぇだろ。他の男に気安く触らせてんじゃねぇ」
「……え、なに、オマエらいつの間にそういう……」
「パンダ先輩はパンダだもん!」
「そいつ雄だろうが!」
「お、お邪魔しまし……ぎゃあああ!」

 なんということを!? 鹿紫雲はむんずとパンダ先輩の首根っこを掴み上げて放り投げてしまった。高々と宙を舞うパンダ先輩。白黒の影はくるくると回転しながらどんどん小さくなっていき──ついには見えなくなってしまう。

「ああああ! パンダ先輩! ちょっと鹿紫雲、責任持って助けに……ひゃぁっ!」

 次に鹿紫雲は私の襟首を掴んでくる。放り投げられはしなかったけれど、彼の手が触れた瞬間に強い静電気が弾けて悲鳴を上げてしまった。その刺激に怯んでいるうちに逃げる隙を失い、私はまんまと鹿紫雲の腕の中に引き込まれてしまう。
 体格差のせいで背中から覆いかぶさるように抱き込まれる体勢は、私がパンダ先輩を抱っこしているのとそっくりだった。……背が低い私への嫌味か!

「はーなーせー! 私モフモフしないしくっついても気持ちよくないから!」

 ジタバタ暴れて抵抗してみても鹿紫雲はまったく動じない。

「んなこたねぇよ。オマエの髪、パンダの毛皮より柔いじゃねぇの」
「ぎゃあああ! やめて触らないでくっついてこないで! 昨日シャワー浴びれなかったのに!」
「細かいこと気にすんな。俺の時代は毎日風呂なんざ入らなかった」
「私は! 気に! するの!」
「クックッ……やっぱり面白ぇなあ。オマエに触ってると熱くなるが緩みもする。奇妙な感覚だが良いもんだ。まさか俺が今になって色恋にハマるとは」
「うううう……私やっぱアンタきらい……」
「まだ言ってんのかよ」
「あ、ちょ、離し……やめ……きゃあっ!」
「おいおい、なんだ、痴話喧嘩か?」

 私と鹿紫雲の一方的に切迫した攻防へ、のんびりとした声が割って入る。たった一晩聞かなかっただけでこんなにも懐かしいこの声は──!

「金ちゃん先輩! 助けてえええ!」

 道路の向こうからゆっくりと歩いてくる金ちゃん先輩は、気絶しているらしいパンダ先輩を小脇に抱えていた。その姿はまるで救世主のようだ。どうか私のことも救ってほしい。
 しかしながら金ちゃん先輩は、囚われの身となっている私を見たあとに鹿紫雲と視線を向け合い、二人は意味深な笑みを交わして、

「コイツはもらっとくが、文句はねぇな?」
「そこまで野暮じゃねえさ。まあ、無茶だけはさせるなよ」
「……!? 待って! 待って金ちゃん先輩!」

 せっかく戻ってきてくれたのにイイ背中を向けて立ち去らないで! なに今の、男の友情的なアイコンタクトは! あらゆる意味で置いてけぼりなんだけど!?
 愕然としている私の首に鹿紫雲の腕が巻き付いてきた。バチッ! また電気が走る。

「いっ、た!」
「諦めはついたか? もう大人しくしとけよ、オマエも俺に惚れてんだろうが」
「〜〜〜っ! だから、今触らないでって言ってるの! お風呂入ってないし着替えもしてないからっ!」

 ──戦うために四百年の時を越えて蘇ったというこの男が、現代女子の乙女心を理解できるようになるのは、もっともっと付き合いを重ねた後のこと。



20220909


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