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 今夜はここで籠城だな、というのはパンダ先輩の提案だった。外は大量の呪霊がうろついていて、鹿紫雲もパンダ先輩も本調子でない私たちは戦力不足。金ちゃん先輩が帰ってくる気配も無い。その場を凌ぐだけのつもりで逃げ込んだ港湾施設の事務所で一夜を明かすことになってしまった。

「……よ、いしょ、っと」

 私は重い扉を開けて薄暗く埃っぽい部屋へと入った。事務所の端にあるこの部屋は倉庫として使われているようなのだ。小さい窓しかなく、そのうえ日が傾いているので、室内に明かりはほとんど届かない。僅かな日光はところ狭しと並んだ棚が遮ってしまっているので、部屋の奥などは真っ暗だ。私は懐中電灯を片手に足を進めた。
 私が倉庫へ来たのはこういう施設ならどこかに災害用の備蓄食料や毛布があるはずだと踏んだためだ。そして、その考えは的中した。倉庫の中ほどにある棚の一番上に『緊急用備蓄品』と書かれたそれらしき箱を見付けたのだ。

「脚立かなにか、どこかに……あった」

 悲しいことに棚の一番上まではどう頑張っても手が届かない。脚立を広げてその上に登り、目一杯に腕を伸ばしてなんとか箱に触れることができた。足りない身長が恨めしい。

 その時だ。バァンッ! とけたたましく倉庫の扉が開いた。驚きのあまり私の身体は跳ね、勢い余って脚立の上でバランスを崩してしまった。

「え、うそ、え、あ、あーーーっ!」

 取り出しかけていた箱と一緒に私は宙を舞う。数秒後には背中に受けるであろう衝撃と、災害用備蓄品が上から降ってくることに備えて、私はぎゅっと目を瞑った。

 ………………あれ? 痛くない……

 背中になにかぶつかった感覚はあった。けれど、痛みはなく、そして温かく、固い床に打ち付けられたとは思えない。

「ったく、危ねぇな。高いところから落ちる趣味でもあんのかよ」

 この声、まさか──!
 はっとして目を開ければ、懐中電灯の僅かな明かりに照らされた鹿紫雲の顔が真上にあった。眉間に皺を寄せた彼は片手で落ちてきた箱を受け止め、もう片方の腕で私の身体を抱きかかえていたのだった。

「っ!?」

 ドッ、と胸が震える。落下の衝撃が遅れて訪れたのかと思った。だけど違う。ドキ、ドキ、ドキ──と早いリズムを刻んでいるのは私の心臓だ。

「な、なんで、アンタが──」
「オマエと同じだろ。食料探しだ。扉開けた途端に悲鳴が聞こえるとは思わなかったが」

 鹿紫雲は備蓄品の箱を床に放った。早く私のことも解放してくれればいいのに、こちら側の腕はちっとも緩まない。鹿紫雲と、どんどん高鳴る心臓の音から逃げ出したくて、身を捩ってみる。けれども見た目の印象以上に逞しい彼の腕はびくともしなかった。

「なあ──」

 じっと私を見据える鹿紫雲の眼が、更に近付いてくる。

「もう一度試してみようぜ」
「な、なに、を……」
「わかってんだろ?」

 このままだとキスしてしまう。一度目は事故で重なった唇が、今度は意思を持って触れ合おうとしている。
 互いの吐息が混ざり合う距離に、身体を包む熱に、私は酔っているのだろうか。クラクラして抵抗する気力が溶けてしまう。鹿紫雲の瞳、きれい、吸い込まれる──

「っ、んっ……」

 唇が触れ合って、ピリリとなにかが走り抜けていった。柔らかくて熱くて、じぃんと身体の奥が痺れる。キスって好きな人とするものなのに──出会ったばかりで、パンダ先輩の仇でもある、感じの悪い男とするなんて。しかもそれが嫌じゃないなんて、信じられない。

「ハッ……こりゃあ良い。オマエは他の女となにが違う? もっと確かめさせろ」

 吐息と共に笑みを溢した鹿紫雲の唇がまた降ってくる。私の身体は彼の腕で支えられていただけだったはずなのに、いつの間にか両腕で抱きしめられていた。
くっついた胸から鹿紫雲の鼓動が伝わってくる。その音が私と同じくらい早く大きいことに気付いてしまった。ドキ、ドキ、ドキ──二人分の音が重なるのを聞いていると頭がふわふわしてくる。

「オマエ、俺のもんになれよ」
「……なん、で……っ」
「戦い以外でここまで熱くなるのは初めてだ。手放すのは惜しい」
「やだ……っ、なんで、私が……」
「オマエも同じもん感じてるだろうが。まあいい、頷くまで続けてやるよ」
「〜〜〜っ、アンタなんか、きらい……!」
「嫌いって言う奴の顔じゃねぇなあ」

 いっそのこと無理矢理とか身体目当てとかだったら、怒れたし恨めたのに。鹿紫雲は抱きしめてキスする以上のことはしなかった。触れ合い重なる温もりや鼓動の高鳴りを確かめるように。鹿紫雲がそんなだから、私の中に彼に対する特別な感情が芽生えているのを無視できなくなってしまう。
 雷のように降ってきて、私の心臓を貫いたそれは、確かに恋だった。



20220909
鹿紫雲くんはバトルジャンキーなだけで真人間なのでまっすぐ恋愛してくれる。今まで興味がなかっただけで気になる〜ってなったら自覚するのは早いし、好きな子にはくっつきたいし触りたいんですよ。
真人間というのは実は良い人とか善人とかってことではなく、人も呪いも超越した王だったり半神半人の生まれながらにしてこの世のすべてを背負った王だったり本能で血を求める戦闘種族だったりしないよねってことです。あくまで人間、だからこそ親近感が湧きやすい。好き。

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