流儀の問題



 先に寝てるね、と言うなまえに生返事を返したのは一時間ほど前のことだっただろうか。寝室にやってきた鹿紫雲は、暗さに目が慣れてきたところでベッドの上に広がっているあんまりな光景に出くわしてしまい、小さく溜め息をついた。

「おい、腹壊すぞ」

 言ってみたところで当の本人は夢の中だ。鹿紫雲の声など届かないだろう。
 鹿紫雲はベッドの片側に腰を下ろした。ぎし、と僅かに軋んだ音が鳴る。
 反対側で寝ているなまえは布団を掛けないどころかパジャマがはだけていて、白い肌の大部分が露出している有り様だ。どんな寝相であればボタンまで外れるのか、前開きのパジャマは胸元の際どい位置までAライン状に開き、臍も丸出し。ショートパンツから露になった太もものラインとも相まって、正直なところ目に毒だ。

「しょうがねえなあ……」

 パジャマのボタンをかけ直してやろうとして、はたと気付く。そんなに近付いたら静電気が起きてなまえを起こしてしまいかねない。はだけていることにも気付かず気持ち良さそうに眠っているのを邪魔してしまうのは気が引けた。
 結果、腹を布団で覆ってやり、鹿紫雲もまた横になる。
 目を瞑って少し経った頃、身体の左側に柔らかいものが触れてピリリと小さな静電気が走る。なまえが寝返りを打ったのかと、さして気に止めなかった。驚いた様子も無いし電気のせいで起きることもなかったのだろう。
 また少しして、柔らかいものが更に押し付けられる。更には細い腕も巻き付いてきて、これにはいよいよ鹿紫雲は彼女に怪訝な目を向けた。

「いつから起きて……って、どうした?」

 暗がりの中なので判然としないが、鹿紫雲の首あたりをじっと見つめているなまえの目は幾分か潤んでいるようだった。

「……なんで?」
「なにがだよ」
「わたし……魅力ない?」
「……はあ」

 そういうことか、と合点がいったがゆえの溜め息が漏れた。が、なまえには違う意味で受け取られたらしく、彼女は一層思い詰めたような顔になる。
 鹿紫雲はその頬を掴んで角度を変えさせ、半ば強引に目を合わせた。

「なにが悲しくて自分の女の寝込みを襲わなきゃなんねえんだよ」
「だって……ドキッとしたりとか、ないの?」
「あのなあ、抱いてほしけりゃそう言えって」
「……むりっ、恥ずかし……」
「これも相当だろうが」

 ボタンが外れたパジャマの内側に手を突っ込み、意図的に弱い静電気を流してやる。ビクッと小さな身体が跳ねた。これくらい素直になればいいものを、と鹿紫雲は溜め息をつきそうになる。すんでのところでそれを飲み込んだのは、なまえにそこまでさせた原因は自分の側にも無くはない、と思い至ったからだ。

「まあ、なんだ。寂しがらせて悪かったよ」

 がしがしと髪をかき混ぜるようになまえの頭を撫でたのは半ば照れ隠しだった。驚いたらしく首を竦めるなまえはもう泣き出す一歩手前のような顔はしておらず、安堵の色が見える。

「はじめくん……」
「で、抱いていいんだな?」

 言うが早いが、鹿紫雲はなまえの腰に腕を回した。彼女のほうからくっつけてきていた身体を、今度は鹿紫雲の意思で引き寄せる。
 小さく頷くなまえ。それが意思表示の限界であるらしい。わかりにくいのは困るが、そんないじらしさが可愛げでもある。鹿紫雲はなまえの唇に自らのそれを寄せつつ、はだけた布の下に手のひらを滑り込ませた。
 
 この先は呪力を絞らないと、一歩間違えればなまえを感電させかねない。己の昂りとは正反対に呪力を抑えるのはそこそこ骨の折れる振る舞いだ。だが、その苦労すらも行為のスパイスとして楽しんでこそ。戦場で強者と邂逅することと似て非なる刺激は、鹿紫雲にとって希少かつ心地の好いものだ。



20220825
鹿紫雲くんは不意打ちより正々堂々を好むんだよ、というお話。

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