後朝の夢



 宿儺は小鳥を飼っている。
 羽毛の代わりに柔らかい肌を持つ、飛ばない鳥である。刺激を与えればその分だけ好い声で鳴く。最近ではそれが宿様の大きな楽しみとなっていた。楽しむあまり些か鳴かせ過ぎるきらいがあるのだが。今宵も鳥は疲れ果てて、褥に倒れ込みすうすうと寝息を立てている。

 なまえの小さな背中に触れる。しっとりと汗ばんで火照った肌が宿儺の手のひらに吸い付く様は、眠っていても宿儺への思慕を露にしているようだ。
 そのまま彼女を腕の檻に抱き込むようにして、宿儺もまた眠りにつく。小さな生き物を壊さないだけの力加減もこの頃は板についてきた。

 弱く矮小で、簡単に捻り潰せるような者が宿儺を恐れず、純粋な畏敬と慕情を向けてくる。それは宿儺にとって初めてのことであり、珍しさのあまりすぐには壊さなかった。手元に置いている時間が長くなればなるほどいろいろな顔を見せ、未だに飽きることはない。良い愛玩動物を手に入れたものだ、と宿儺は思う。次はどう可愛がってやるかと思いを巡らせながら眠りに落ちていくのは、心地の良いものだ。

 裏梅が朝餉の膳を持ってくる時間になってもなまえは目を覚まさなかった。夜伽が余程体に堪えたのだろうか。無理なら無理と言えば良いものを、この小鳥は宿儺から与えられるものならばなんでも受け取ろうとして拒むことをしないから始末に負えない。機微をわかってやれるほど、宿儺は弱いものの相手に慣れていないのだ。

 宿儺の意図に反して壊れてしまってはつまらない。ゆえに、もっと食べさせて肉と体力をつけさせねば。宿儺はなまえを居室に連れて行こうとする裏梅を制し、代わりにもう一膳の朝餉を用意させた。

「いつまで寝ているつもりだ。そろそろ起きろ。……ケヒッ、いい間抜け面だな」

 声をかけながらよく伸びる頬を弄っていると、なまえの目蓋が薄く開き始める。

「……ん……すくな、さま……」

 へにゃりと笑う。朝になるといつも世話を裏梅に任せていたため初めて見る顔だった。無防備でいかにもこの女らしい。
 両脇に手を差し入れてひょいと持ち上げ、組んだ脚の間に座らせる。細い背中が小さく震えたので着物を羽織らせてやった。なまえの胸元には鬱血痕が花畑のように咲いているが、彼女はそれを隠すのも忘れて宿儺の胸に頬を擦り寄せてくる。どうやら本格的にまだ夢の続きの中にいるらしい。

「朝餉だ。食え」
「……お腹、すいてない、です」
「そんなわけがあるか。もっと食べて肉をつけろ」

 宿儺はずいと汁物の椀を差し出した。緩慢な動きで箸を手にしたなまえだったが、言い訳程度に野菜をつまみ汁を飲んだだけで椀を膳に戻してしまう。これでは本当に鳥の餌だ。

「これなら食いやすいだろう。ほら、口を開けろ」

 桃を一切れつまんでなまえの口元へ持っていく。素直に口を開けた彼女は小さく果実をかじり取り、溶けたように綻んだ顔でそれを咀嚼した。
 果汁で濡れた薄紅色の唇が艶かしい。わかっているのか、否、無意識にか──時折赤い舌で口の周りの果汁を舐め取る仕草など、実に扇情的だ。甘い果実で潤った喉から発せられる鳴き声はさぞ甘美なことだろう──などと考えているうちになまえは桃を食べ終えており、宿儺は空になった指を彼女の口元へあてがったままになっていた。
 と──なまえが宿儺の指をちろりと舐めた。果汁のついた指が余程美味しそうに見えたのか、単に寝惚けているだけかは定かではない。

「……ん……ん、ぅっ……」

 余さず果汁を舐め取ろうというのか、初めは遠慮がちだった舌の動きが徐々に貪欲なものへ変わっていく。まるで別のものを咥えさせているようだ。到底小鳥の口に収まりきらないそれを、なまえは拒絶するどころか恍惚を浮かべて──などと夜伽の一幕を連想してしまったばかりに、その猛りにどくんと熱が集まり出してしまった。
 宿儺はわざとらしく細く長い息を吐く。

「まったくオマエは、そのような手管をどこで覚えた?」
「んっ……宿儺様しか、いらっしゃいませんよ?」

 きょとんと首を傾げたなまえがふわりと笑う。

「私の全部が、宿儺様から頂いたものでできているのですから」
「ケヒッ……そうだな、オマエの全ては俺のものだ」

 宿儺は唇を吊り上げて、今度は自ら指をなまえの口に捩じ込んだ。いつの間にか淫らに育った口内を気の向くままに蹂躙し、小さな舌を絡め取ってわざと水音を立てながら扱いてやる。初めこそ狼狽しつつもなんとか動きに合わせようとしてくる様はなんともいじらしい。
 全てが宿儺のものなのだ。いついかなる時どのように可愛がるか、全て宿儺が決めること。昂った熱を散らす努力など必要なく、ただなまえに注いでやれば良いのだ。彼女は余すことなくそれを享受するのだから。
 羽織らせてやった着物を取り去って、細い体を褥に横たえさせる。すくなさま、とうわ言のように唇が動き、細い腕が宿儺の首に抱き付いてきた。
 後朝の甘い夢は、しばし続く。


20220724

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