だれのらいす?



「これは舌に面白い刺激があるな、かれいとやら。面妖ではあるが不快ではない……むしろ進んで匙を運びたくなる」

 突如として私の正面に座っていた同級生の顔に紋様が浮かび上がり、寮の食堂には緊張が走る。けれども張り詰めた空気は一瞬だけで通り過ぎていった。
 彼の隣の伏黒くんは一つ溜め息をついただけでカレーを食べるのを再開したし、私の横の野薔薇ちゃんは小声で「また出たわね、グルメの王」と耳打ちしてくる。その呼び方は笑ってしまいそうになるのでやめてほしい。

 虎杖くんの中にいる呪いの王はどうやら現代の料理が気になるらしくて、初めて目にする献立の日にはたびたび表に出てくるのだ。食事するだけ、という縛りを交わしているらしいので、五条先生たちにも見逃してもらっている。

「先日の……はやしだったか。あれも甘い口当たりで悪くなかったが、同じ泥のような食べ物でも随分と味わいが違うのだな」
「食べてるものを泥とか言うなっての。マズくなる」

 野薔薇ちゃんが口をへの字に曲げて宿儺を睨む。この場で術式が飛んでくることはないとわかっていても、宿儺を相手にそんな態度を取れてしまうのは野薔薇ちゃんくらいのものだ。私にしてみれば横で聞いているだけでも冷や汗が滲み出てくる。
 伏黒くんが水を飲むふりをしながら横目で宿儺の様子を伺っている。その宿儺は涼しい顔でカレーを口に運んでいるので、悪態をつかれたことよりも初めて食べる料理のほうが彼の気を引いているようだ。よかった、大事にならなくて。

「とはいえ、前回も思ったが、もっと肉を入れても良いのではないか。はやしもかれいも小柄なのか」

 スプーンですくった豚肉に向かって残念そうに呟く宿儺の言い分はなんだか学生じみていて、彼も同級生の一人のように錯覚してしまいそうになる。後半はなにを言っているのかよくわからなかったけれど。
 と、不意に宿儺と目が合ってしまってドキリとした。もしや、お肉が食べたい呪いの王ちょっとかわいい、なんて思っているのがバレた?
 宿儺はニヤリと口角を上げる。

「なまえらいすはこれよりもっと肉が少なくなってしまうのだろうが、柔くて甘い味わいが楽しめそうだ」
「は、え……私?」
「量と質のどちらを取るか、悩ましいことだな。家畜のように増やせるものでもあるまいし……いや待て、産ませれば……」
「ゲホッ! ゲホッゴホッ」
「なんだ伏黒恵、騒々しいぞ」

 水を飲んでいた伏黒くんがいきなり盛大にむせた。しばらく咳き込んで、やっと落ち着いたらしい彼はなにやら唸りながら頭を抱えている。

「一つ釘を刺しておくが、カレーとかハヤシってのは人の名前じゃないからな」
「なに? かれいの肉、はやしの肉、ではないのか」
「どういう勘違いよ、それ。ねえでも、ハヤシライスはハヤシさんが作ったんじゃないの?」
「諸説あるだろ。どっちにしろ、ハヤシさんの肉だからハヤシライスって言うわけじゃない」
「ならばオマエの肉を野菜と共に泥のように煮込んでも伏黒恵らいすには……」
「ならないし、煮込むな、食うな」

 すっぱりと断言した伏黒くんに、愕然とした表情を見せる宿儺。ちょっと面白くなってきた。
 気が緩んだ私は、ふっと頭の中に浮かんだ想像をそのまま呟いてしまっていた。

「宿儺の指で宿儺ライス……?」
「は? なまえまで何言ってるのよ」
「今度虎杖くんが指食べる時にさ、指をこう、カレーみたいに……」
「ほう? 俺の指を食材扱いとはなあ?」
「あっ……! あわわわわごめんなさ……!」

 真正面から私を見下ろしてくる宿儺はさっきまでの愉快な表情の面影のない、悪い笑みを浮かべていた。
 そうだった、彼は同級生ではなく特級呪物なのだ。一緒にご飯を食べていても、気安くやり取りしているように見えても、それだけは忘れてはいけなかった……!

「やはりオマエは食う。己の立場というものを思い知らせてやろう」
「ひええええ私そんな全然おいしくないので……!」
「なに、熟す前の柔い肉にもそれなりの愉しみ方があるというもの」
「待って、だって宿儺、ご飯食べるだけって縛りがあるはずじゃ……」
「オマエを“食べる”こととて食事のうちだ、痴れ者め」
「っ!? た、助けて! 伏黒くん、野薔薇ちゃん」
「アンタのは自業自得って気がするわね」
「発想が宿儺と同じだったからな……」
「見捨てないでえええ!」

 お願い虎杖くん、早く戻ってきて。私が宿儺の胃袋に収められてしまう前に……!


20220520

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