辿り着いた先は壁



 姉の見合い相手に横恋慕するなんて、あってはならないことなのに。


 禪院家当主のご子息様が特別一級術師に昇格した。呪術師の家柄の者たちがこぞってお祝いに訪問し──というのは建前で、実情は禪院家次期当主様の嫁選び、お見合いだ。我が家のような中堅どころの家にとって御三家と関係を深めることの意義は大きい。

 もっとも、我が家の嫁候補となっているのは私ではなく姉だ。容姿も才能もぱっとしない私と違い、姉は美しく、術式にも恵まれている。次期当主様に見初めてもらうべく高価な着物で着飾った姉の、その隣で無難な出で立ちに身を包み控える私はいわば姉の引き立て役だ。

 姉の真横に座るのも気が引けて、客間に用意されていた座布団を少しばかり後ろに下げて私は身を小さくしていた。私の父の祝辞に対して当主の直毘人様が返礼のお言葉を告げている。父も母も姉も神妙に聞き入っているようだ。少し下がった位置に控えている私からは直毘人様の顔は見えず、そのせいで油断してよそ見をしてしまった。次期当主と目される直哉様、姉が嫁入りするかもしれないお相手はどんな方なのだろう、と。

「……っ」

 その瞬間、バチンと火花が散った。直哉様と目が合ってしまったことに気付いた途端、顔を伏せる間もなくウインクが飛んできたのだ。しなやかな肢体で草原を駆ける肉食獣のように美しい切れ長の眼差しから送られた片目だけの目配せは私の心臓を弾けさせるほどの破壊力を秘めていた。ドッドッドッと心臓の音がうるさくて、今度は姉と直哉様が言葉を交わしているようだけれど何を喋っているのかわからない。

 さっきのウインクの意味は──? ううん、よそ見をした私を嗜めただけ。好意を向けられるわけがない。見合いの相手は姉で、私はその引き立て役のぱっとしない妹なのだから。容姿も権力も才能も、人が欲しいと思うものをなにもかも備えているかのような方が私なんかを特別視するなんて、白昼夢のような出来事が現実になるはずがない。

「では、あとは若い二人で……」

 直毘人様の声が聞こえて私は我に返った。お開きだ。両親と共に退出しなければ。しかし、続く直哉様の言葉が客間の空気を凍り付かせる。

「いや、その子はもうええわ。おとなしゅうしてるけど気位が高いんが見え見えや。そっちの子となら見合い続けてもええけど」

 そっち、と直哉様が顎先で示してみせたのは私だった。うそ、なんで、どうして。私はパニックに陥り、姉と直哉様の間で視線を行ったり来たりさせるばかりだった。

「なまえちゃん、こっちおいで」

 直哉様は甘やかな声で手招きはしても私を待たずに部屋を出てしまう。私は動けなかった。岐路に立たされた時、私自身の手に選択権があったことなんて今まで一度もなかったからだ。
 姉はうつむき、母は姉に寄り添っている。父に行きなさいと促され、私の足はようやく動いた。まるで操り人形になったかのようだ。通りすぎる間際に姉が唇を噛んでいるのが見えた。白昼夢が現実のものになる代償はひどく大きなものだったのだ。

***

 直哉様の姿は廊下の先の中庭に面した縁側にあった。数歩手前で立ち止まった私を振り向き、直哉様は「ええ心掛けやね」と笑う。なにを褒められているのか、よくわからない。

「なんか聞きたいことある? お見合いなんやさかいなんでも聞いてええよ」
「……どうして、私なんですか」

 彼には聞きたいことはないのだろうか。なにも確かめずに私を見合い相手にしてしまって構わないのだろうか。いろいろな疑問がひとまとめになって口をついてしまった。

「そんなん、ええと思うたからやん。自分をどういうもんと思うとるかどうか、目ぇ見ればだいたいわかる」

 切れ長の目を見上げてみても、美しいことしか私にはわからない。おそらく彼は彼の世界の王様なのだということに察しがついたのは、諸々の言動を目にしてからのことだ。

「姉のほうが綺麗だし、良い術式も持っています。私を選んでいただく理由なんて……」
「顔はまあともかく、男を立てられへん女はあかん。それに術式はどうでもええんよ。欲しいのは相伝の術式や。それ以外はなに持ってきたところで大して変わらん。術師の素養さえあればええ」

 私は呆気に取られて、随分と間抜けな顔を晒してしまっていたと思う。直哉様の言葉は今まで築いてきた私の価値観と全く異なるもので、咄嗟に理解ができなかった。
 クックッと直哉様が猫のように目を細めて含み笑いを漏らす。

「素直やねえ。かわいげがあってええな、そういうの」
「……申し訳ありません、私やっぱり、ふさわしくないです。直哉様の仰っていることが、私にはほとんどわからないんです」

 姉のように美しくも聡明でもない私には無理だ。そう思うのに、直哉様の下した結論は正反対のものだった。

「ええんよ、それで。弱いもんは強いもんを理解できひんもんや。ただ黙ってついてきたらええし、きみにはそれがよう似合う」

 ここで初めて、薄く笑う直哉様の目の中に苛立ちのようなものがあることがわかった。私に対してのものではない。それでいい、と彼自身が言っているのだから。あえて理解を拒み突き放すような言動を取る直哉様は、誰が誰に理解されないことに憤っているのだろう。


20220207
#juju版深夜の真剣夢書き60分一本勝負にて書かせていただきました。
お題【ウインク/横恋慕/迷わず辿り着いてこの白昼夢に】
宿儺様には引っ張り回されたくて直哉には引っ掻き回されたいのです。

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