静雄が臨也の自宅へ通うようになってから、もう既に一週間が経とうとしていた。臨也は今日もまた現れた静雄を見て、またなのと不機嫌そうに口を開く。

「何回お願いされようが俺は絶対に折れないよ」

そう言いながら静雄を部屋へ誘導し、当たり前のように2人でソファに腰かけた。

「なんでそうまでして拒むんだよ」
「シズちゃん馬鹿? 今までの俺たちの関係を思い出してみようか」
「平和になっていいじゃねえか」
「絶対に嫌。断固拒否」

静雄と臨也が顔を合わせてこうして静かに会話ができる。それは2人の関係が少し前に変わったことが理由である。2人は知人に大きな迷惑をかけながら紆余曲折を経て晴れて恋人同士になったのだ。

「じゃあ俺はお前と人前でデートすらできねえってことか」
「百歩譲って俺たちのことをよく知らない土地でならいいって言ってるだろ」

ふーっと静雄が煙を吐く。吸っていた煙草を灰皿に押し付けて火を消し、無言で臨也の手を取った。

「……なに」
「手を繋ぐことくらい今ではなんともないのに、それがどうして外になるとダメなんだよ」

きゅっと互いの指が絡む。そう、静雄はずっと臨也と手を繋いで歩きたいというお願いに来ていたのだ。静雄の力ならば強引に手を取って歩くことも可能であるのにそれをせず、律儀に臨也に許可を貰いに毎日家に通っているのだ。ただし臨也はそのお願いを聞き入れる気はないらしい。今日もそれを拒む理由を示そうと、臨也は繋いだ手を持ち上げて静雄の目の前に突き出した。

「たとえばシズちゃん、俺が新羅とこうして手を繋いで仲良く池袋を歩いていたらどう思う?」
「テメェ……堂々と浮気宣言か」

繋いだ手に力が込められて、みしりと骨が軋んだ音がする。臨也は「違うから!」と説明した。

「俺とシズちゃんが付き合ってなかったらの話だってば!」
「そうならそうって最初に言え!」
「そこまで分かんない単細胞だとは思ってなかったんだよ。で、どうなの。質問に答えて」

静雄は少し考えた後、ぼそりと言った。

「驚く、だろうな」
「俺と新羅の関係、気にならない?」
「気になる」
「だろ。男2人が手を繋いで仲良く歩いてるところを見た人は誰しもその2人の関係を気にするものだ。ましてやこんな風に恋人繋ぎをしていれば尚更ね。まあ、何かの罰ゲームっていうパターンもあるんだけど、そういうときは大体2人を茶化す存在がいるからすぐに分かる」

臨也が何が言いたのかよく分からない静雄は黙って耳を傾けるしかない。

「で、だよ。ただの男2人が手を繋いでいるだけでもそうなんだ。俺とシズちゃんの関係をよく知る皆さんが、俺とシズちゃんが手を繋いで仲良く歩いている姿を見たらどうなると思う」
「……平和になったことが分かっていいんじゃねえの」
「もう一回言うけど、シズちゃん馬鹿? 好奇の目に晒されるだけだっての。掲示板に書かれるんだよ。あの平和島静雄と折原臨也が手を繋いで仲良く歩いてたんだけどあの2人デキてるの? ってね。池袋中の人が俺たちを見るたびにヒソヒソと声を潜めて噂するだろうさ。それに俺も弱みを握られることになる。今までは一人だったから良かったけれど、何かあったときに平和島静雄がどうなってもいいのか、とか脅されるかもしれない。まあ君が簡単にやられるようなことはないと思うけど……」
「分かった分かった」

静雄は臨也が喋ることを大人しく聞いていたが、暫くしたところでとある考えに至って臨也の話を遮った。そして未だ繋がれている手を引き寄せ、臨也の体を抱き締める。

「なに? 単細胞には分からない話だった?」

静雄の腕の中から臨也が上目遣いで目線を合わせる。静雄はそんな臨也の頭をぽんぽんと叩いた。

「臨也くんよ、恥ずかしいなら最初からそう言えよ」
「……は?」

どうしてその考えに至ったのか、臨也はぽかんと口を開けた。

「大丈夫だ。俺だってそういう経験ないから恥ずかしいかと聞かれれば恥ずかしい。けど、」
「ちょ、ちょっと待って!?」
「恥ずかしいけど、でも俺はお前が俺のもんだって示せることが嬉しい」
「だから待てって!」

臨也がそう言っても静雄は聞く耳をもたない。静雄は繋いだ臨也の指にちゅ、と唇を落とすと、サングラスを外して臨也と視線を合わせた。

「手前が慣れるまでちゃんと待つから。まずはここから近いコンビニまで行ってみようぜ」
「え、正気? 人の話聞いてる? ちょっとシズちゃん!?」

繋いだ手はそのままに立ち上がる。臨也もその手に引かれて立ち、静雄に引っ張られるままに玄関へと歩かされる。

「ちょ、シズちゃん、洒落になんないって」
「おら、行くぞ」
「ちょっとほんとに……!!」

こうして臨也は結局強引に連れ出されることになったのであった。


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