内臓を抉られるような感覚に、清光は声をあげた。

「っあ、ああ」
「きれいだよ、清光。うん、きれい」

視界を遮られながらもゆらゆらと伸びた清光の手。清光を組み敷く男はそっとその手を取って自らの頬にあてる。

「愛してるよ、清光」

その手の平にちゅ、とキスをしながら言った声は、驚くほどに冷え切っていた。

*

その部屋は沈黙に支配されていた。布団の上で四肢を投げ出す清光に手を伸ばして、視界を遮っていた布を外す。清光は暫くぼうっとしていたが、掠れた声で男の名を呼んだ。

「やす、さだ」

男――安定は清光の頬を撫でる。

「落ち着いた?」
「ん……そっか、俺、また」

清光は捨てられてしまうことに異常なほどの恐怖を抱いている。その恐怖が時々清光の体を支配してしまうのだ。安定が見つけた清光を落ち着かせる方法。それはひたすら愛してると声をかけて肌を触れ合わすことだった。最初こそ声をかけるだけで良かったものの、新たな主との出会い、そして増えていく仲間たち。そういった中で清光の不安は増殖していったのだろう。口先だけの愛してる、それが気休めとしての効果すらもたらさなくなった時、安定はふと清光の視界を遮って唇を触れ合わせた。それがきっかけで、今ではこの行為も落ち着かせるための治療のようなものだという認識になっている。

「安定、」
「謝罪ならいらない。というかやめてほしいよ」
「……分かった」

清光がゆっくりと起き上がって衣服を身に纏う。安定も無造作に羽織っていただけの衣服に袖を通し始めた。

「ほんとにお前めんどくさいよね。僕がいなかったらどうしてるの、それ」
「さあね」

僕がいなかったら捨てられてるかもね、と言おうとして安定は口を噤んだ。今の清光にまだこの言葉は禁句だ。やっと落ち着いてきたところなのに、ここで余計なことを言えばまだ初めからになる。

「そろそろちゃんと自信もちなよ。清光は主に愛されてる」
「……そうね。うん、そう」

今夜はもう寝付けそうだ。安定がそう思った直後、ガラリと障子戸が開いた。

「2人と、も……?」

安定は咄嗟に清光を背に庇う。清光は暫く固まっていたが、現れた審神者の姿を認識し、何が起きているのかを理解した途端に震えだした。

「あ、主、主! ち、違うの、これは……!」

今の2人の姿とこの部屋のありようを見れば、誰でもここで何が起きていたか分かるだろう。清光の全身は恐怖に支配されていた。安定はそんな清光の体を抱き締める。

「落ち着いて、清光」
「安定、ど、ど、うし、どうしよ」

清光は安定にしがみついた。安定は未だ驚きで動けない審神者に対して口を開く。

「僕と清光は、主が今考えているような関係じゃない」

審神者は瞳を閉じて、息を大きく吐く。

「説明、していただけるのでしょうか」
「もちろん」

審神者は部屋に入り、座った。

「清光はたまに発作みたいなものを起こすんだ。捨てられるかもしれないっていう恐怖が原因で。きっかけは僕も分からないけど」
「恐怖から、ですか」
「そう、主に捨てられるかもっていう恐怖からね。それを抑える方法がこれってだけ。清光はずっと主の名前を呼んでるよ」

僕の名前を呼ばずにね、そう言った安定の瞳は鋭かった。

「安定、あなたは……」
「安心してよ。やっぱり僕は清光のこと、どう考えても好きじゃないから」
「ならば、何故」
「好きなわけじゃない。だけど、清光だって沖田くんの刀だから」

審神者はやっと自分の考えが間違っていたことに気付く。安定が大事にしているのは、前の主の刀であるということだった。

「あなたはやはり、私が気に入りませんか」
「そうじゃないよ。ただ、僕にとって一番大切なのは主じゃない」
「……そうですか」

審神者が清光の名を呼ぶ。清光は安定の腕の中でびくりと震えた。

「事情は理解しました。今日はもうゆっくりとおやすみなさい」
「主、俺……」
「大丈夫です。私の気持ちは変わりません」

審神者が清光に手を伸ばすと、清光は安定の腕の中から抜け出した。そのことに満足して、審神者は清光の額に唇を落とす。

「愛していますよ、清光。他の、誰よりも」
「主……」

審神者は立ち上がって、安定に視線を戻す。

「確かにあなたたちは、中々扱いづらそうですね」

審神者の視界の端で清光の瞳が揺れた。

「ですが、私はそんなあなたたちが好きですよ」
「……そう」

安定が視線をそらした。清光はほっとしたように息を吐く。

「用事があったのですが、今日はもういいです。2人とも、おやすみなさい」

審神者はにこりと笑ってその場を去った。


冷たくなった鼻先を擦り合わせて、僕と君は息をするのです。

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