「俺、君に一目惚れした」

理解が追いつかなかった。一目惚れ。殺そうとした相手を好きになったのか。一体なぜ、どこで。トキヤがぽかんとしていると、音也衛門は驚いたよねと笑う。

「どうしても、初めて見たときの君の瞳が忘れられなくて。怯えてる表情もすごく魅力的で。任務してるときは感情あんまり入れないようにしてるからいいんだけど、でもどうしても君の瞳が忘れられなくて、ここまで連れてきちゃったわけだけど」

音也衛門の言っていることを理解するのを、トキヤは早々に諦めた。それよりもこれは、この状況はすごく有利なものなのではと考えていた。音也衛門が自分に惚れているのなら取り入りやすい。女ではない分大変そうだと思っていたのだが、運は自分に味方してくれたのだ。

「だから、君のこと全部教えてくれるなら解いてあげる」

俺ね、好きになっちゃうとどうしても欲しくなっちゃうんだと顔を赤くして言う音也衛門に、トキヤが用意した答えはひとつだった。

「……私にも、あなたのことを教えてくださるのなら、いいですよ」

恥じらいながら、目を逸らしながら、小さな声でトキヤは言った。音也衛門の顔は更に赤く染まる。

「ちょ、もう、反則だよ…。ちょっと待っててね」

はあ、と音也衛門は息を吐いてから立ち上がり、部屋の隅のぐちゃぐちゃの布団を広げていた。ふと、自分に背を向ける形で作業している今がチャンスなのではと瞬時に判断し、トキヤは思い切り縄を緩めた。腕が抜ける。音也衛門はまだ作業中だ。うまく逃げだせるとは思えないが、今逃げなければもう隙はない。襖まで行くには音也衛門の脇を通らなければいけないが、このまま一直線に襖まで走るとなると音也衛門からは一歩では届かない距離だ。今なら行ける気がする。
トキヤは立ちあがって足を動かす。視界の端で音也衛門が顔をあげるのが分かった。部屋の外に出たら襖を閉めよう。僅かな時間でも稼ぎたい。

「逃がさないっ…からっ!!!!」
「っあ」

あと一歩で部屋の外だというところで、後ろから腕を掴まれる。そのまま勢いで投げ飛ばされ、気付けば広げられた布団の上に背中から着地していた。

「あ、はは、え、まさかあの縄解かれるとは思ってなかったよ」

あのときと同じように、音也衛門は仰向けに転がるトキヤの上に乗り上げる。トキヤの脳内にはあのときの出来事がフラッシュバックされていて、自分の顔の横に両手をつく音也衛門の顔色を伺う。前髪が影になって音也衛門の表情が読めない。それが更に怖くて、トキヤは指を音也衛門の腕に絡めた。

「もう、逃げません。逃げませんから、あの…」

ぎゅ、と力を入れて腕に触れる。音也衛門はそこで漸く顔をあげた。

「……そういうことされると、期待しちゃうよ」

音也衛門は、泣いていた。トキヤにとってはそれが予想外のことすぎて、声がでない。

「逃げないで、ねえ。逃げられたら俺、今度こそ殺さなきゃいけなくなるから」

この男は冗談でもなんでもなく、本当に自分に惚れているのだとトキヤは確信した。自分の置かれている状況はよく分からないが、ここにいれば音也衛門に付け入る隙はたくさんある。逃げれば殺される。ならば、助けが来るまではここで出来る限りの情報を引き出すのがベストだと考えた。

「わ、かりました。絶対に、もう、逃げません」

人は、恋に落ちるとこうも脆くなってしまうものなのだと実感する。この男からは、私も満更ではなさそうだと見えているのだろうか。だとすればここまでとりあえずは筋書き通り。

「名前…教えてよ、呼びたい」

鼻先が触れるほどに、音也衛門はぐいと顔を寄せてきた。私は男とキスする趣味なんてありませんと思いながらも顔には出さないように、トキヤは顔を逸らす。

「……トキヤ、です」

音也衛門はトキヤ、と一度呟く。

「うん、トキヤ…。俺、トキヤのこと好き」

そうですか、とトキヤはちらりと音也衛門の顔を見る。あまりにも幸せそうに笑っているから、ズキンと心が痛んだ。
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