鏡に映る自分の顔が、ひどく歪んでいた。

(私は今、HAYAYOなのか、トキヤなのか)

シャワーに濡れながら鏡に手をつき、自分の輪郭をなぞってみる。どう見えても自分はトキヤであり、HAYATOであった。このままでは自分のすべてをHAYATOに持っていかれそうな恐怖。トキヤという自分はいつか消えるのではないかという不安。そういうものを全部ぶつけたくて、けれどどうしようもなくて。

ありったけの力を込めて、鏡に映る自分の顔面に拳を打ちこんだ。

何が起きるまでもなく、シャワーの音に余韻が掻き消される。と同時に、ばたばたばたという音も聞こえた。止まったかと思うと、ばん、と風呂場の扉が開く。

「すごい音したけど……ってトキヤ!?」

(私は、最低だ)

大丈夫かと手を差し伸べた音也に、濡れるのも関係なしに体を預けた。せめてシャワーを止めれば良かったのか。これでは音也のパジャマが余計に濡れてしまう。

「…大丈夫?」
「はい。ですから暫く、このままで、」

預けていた体に腕がまわされたがこちらはそんな余裕もない。瞼を閉じると、音也はぽつりとつぶやいた言葉がよく聞こえた。

「俺って、そんなに頼りない?」

瞼はそのままで、小さく口を動かした。

「いえ」
「じゃあなんで言ってくれないの」
「言う必要がありません」
「俺だってトキヤを助けたいよ」
「これは私自身の問題です」

喋るのも億劫で、けれどこれは本心で。彼に頼ることはできないのだ。

「トキヤは、HAYATOなの…?」

ああ、彼はきっとこれが聞きたかったんだろう。
そうです。私はHAYATOです。トキヤじゃないかもしれません。先程までテレビに出ていたのは、私であってHAYATOでもあるんです。
口早にそう言えば、音也はそっか、と言って抱き締める力を強くした。

「大丈夫。トキヤは、ここにいるよ」

はい、と。
そう短くしか答えられない私の溢れんばかりのあなたへの想いは、届いているのでしょうか。


//菩提樹