▽ 二人の帰路
ふわりふわりと雪が舞い散る。
星空の見えない曇天が、重々しく岩手に伸し掛る。辺りは既に暗い中、急に気温が下がったその原因を見つけてしまったのである。
ああ、今年もまたこの季節が来たのだ。まだ粒の小さい白を、岩手は無表情で見つめる。幾度も繰り返されてきたこの季節に、もはや感慨など湧くわけもない。ただただ自分がずっとずっと苦しめられてきた、この後の寒さと苦労を思うだけである。
この雪さえなければ。この地がもっとぼくに優しくあってくれたなら。遠い昔にそう恨んだこともあったけれど、もはやこればかりはどうしようもないのだと、流石の岩手も諦めていた。
はぁ……と息を吐けば、白く空へと立ち上っていく。まるで空へと繋がる真白の道のようであるのに、曇天がそれを阻むのを口惜しく思った。冬の澄んだ空だけは、この季節の中で唯一岩手が好いているものであるのに。
待ち合わせ時間から既に20分。待ち人未だ来ず。
新幹線に一本乗り遅れたと聞いていたから、そろそろ来るとは思うのであるが。
寒空の下、岩手はこの後何をしようかと思いを馳せる。
明日は休日。もし晴れてくれれば共に星空を見たかったのだが、この分ではできそうにないな。出不精の自分と、寒さを嫌がる彼とでは、家に引き篭る未来しか見えない。まぁ、そんな過ごし方も悪くはない。
少しして、駅から人が溢れ出て来たのを見て、新幹線がようやく到着したのだと知る。空を見上げると、皆が皆コートの前を閉め、早歩きで去っていく。
そんな通り過ぎる人をぼうっと眺めていれば、後ろから不満気な声を掛けられた。
「……めちゃめちゃ寒いんだけど」
今11月だよな? 振り向けば、薄手のコートに手袋、マフラーは無し。そんな服装をした待ち人が、鼻を赤くして現れた。
「言っただろう、今日は雪が降るかもしれないから、って」
「まさかもう降るなんて思わねぇだろ……」
やっぱり北東北は世界線が違う……だなんてぶつくさ言う宮城は、はたと思い至ったように岩手を上から下まで眺めた後、無言で手を差し出してきた。
その意図が分からず、ただその手袋に包まれた自分より少しだけ小さい手を見つめる。
「……なに?」
「マフラー寄越せ。どうせ厚着してんだからいいだろ」
横暴な物言いではあるが、寒さに震えている姿には何の迫力も無い。どうせコートは首元まで締まるのだし。そう思ってマフラーを差し出せば、一瞬で奪い取られた。
慣れた手付きで首にぐるぐると巻き付けていく。このマフラー、貸したの何回目だったかな。いい加減、自分とは少し異なるこちらの気候のことも覚えてほしいものである。
「あ〜あったかい……」
ほうっと安心したように息を吐く宮城。目尻が少し緩んだ姿が可愛らしい。そう思って赤くなった彼の頬に手を伸ばせば、悲鳴を上げて手を払い落とされた。
「つ、冷たっ! いつにも増して冷たいっ!!」
「誰かさんのせいで、随分と待たされたからねぇ」
わざと意地悪く言えば、宮城はバツが悪そうに視線を彷徨わせる。あーだのうーだの少し呻いた後、無言で手を握られた。
「……手、温まるまでだからな」
岩手の手がいつも冷たいのを知っていながら、宮城はそんなことを言い放つ。彼の赤くなった頬が寒さによるものではないのを知り、自然と笑みが浮かぶ。
未だ冷えたままの手とは裏腹にじんわりと温かくなる心の内のまま、ぐいぐいと引っ張られる手に促されて帰路に着くのであった。
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