▽ 進歩の証明
「こーんなちっちゃいカプセルで、人が助かるんだもんなぁ」
試薬品を電気に翳し、千葉は呟く。光に透け、中身のカラフルな粒がさらさらと動く様子が見える。それだけだ。
「あんま雑に扱うなよ。ついでにぜってぇ無くすんじゃねぇぞ」
一応貴重品だからな?
わーかってるよ! なんて軽く千葉が答える。
「人の体ってよくわかんねぇなぁ。この粒だけで病気とか怪我が治るんだろ? 便利ー! あ、いや俺たちの方が便利か」
あはは、と千葉が笑う。そりゃそうだろ、茨城が千葉を見ずに答える。俺たちのような存在は、時間さえ経てば病気も怪我も自然と治る。当然、余程のことがない限り死に至ることもないのである。
羨ましがられるかもしれないが、自分たちの体に直接起きたものだけではなく、その土地で起きたことにも影響されてしまうデメリットもある。確かに薬も飲むことはあるけれど、飲んだところで一時しのぎに過ぎないのだ。
「よく考えたもんだよなー俺は全然わかんねぇけどさ、きっと今の方が皆楽に生きれてるよな」
無邪気に千葉が笑う。だって、苦しみから逃れられるんだろ?
その顔を見て、茨城は僅かに目を伏せた。……千葉の言葉は、半分正解で、半分不正解だ。人々は体の苦痛から逃れるのと引き換えに、精神の苦痛と苦悩を手にしたのだ。精神病なんかは現代では広く知られるようになり、その治療法も個々人に合わせたものである。これに限った話では無いが、これだけ技術が進歩しても、絶対の治療法など未だないのだ。
「……そうだな、そうだといいな」
技術の進歩は人を便利に、そして幸福にしてきた。それは間違いない。いや、間違いないのだと信じなければ進むことはできないのだ。
「なに? なんか落ち込んでんの?」
「研究が行き詰まってるだけだっつーの」
研究所から送られてきたデータを指でとんとん、と叩く。そう珍しいことではなく、深刻なことでもない。科学は検証の連続だ。地道な努力が実を結ぶ。
眉間に皺を寄せた茨城とは対照的に、千葉はにかっと笑った。
「でもさ、人のためになってる! って感じじゃん? 色んな人を助けられるんだしさ」
相変わらずの脳天気な台詞に、一応の釘を差しておかなければ。
「ちげぇよ、人を殺せるから人を救えるんだ」
はっきりと断言した茨城の言葉。茨城には真っ直ぐな信念がある。誰よりも自分の考えを信じ続けることができる。
それを聞いて千葉は密かに笑った。こいつらしい言い方であった。
思い詰めているわけではなく、ただ前に進むための辛抱だ。進歩のための努力だ。
なら、俺はただ応援するくらいしかできないかなー
「がんばれー」
「舐めてんのか」
言葉遣いは乱暴だが、内心喜んでいるのが声色から察することができた。
前に進む茨城はかっこいい、と思う。困難にだって怖気ずに立ち向かっていく姿は、千葉にとって密かな誇りであった。まぁ、ほんとにたまーに思うだけなんだけど。
いいなぁ、隣にこいつがいて、世の中は楽しいことで溢れている。
このままずっと楽しい時間が続けていけばいいなぁ、なんて千葉は朗らかに笑い、一つ背伸びをした。
……あれ?
千葉の呟きに茨城は視線だけで答える。
千葉がやばい、と小さな声で言う。ちょっと強ばった表情で、手のひらを開いたり閉じたりしてみせた。あるべきものが、ない。
「……薬、失くした…………」
は?
(このあとめちゃめちゃ捜索した)
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