ふくいばシリーズ | ナノ


▽ 思索生知、彼らが美徳。


カランカラン、と涼やかなベルが鳴る。

「お待たせ」

仕事終わり、待ち合わせ場所の駅前のカフェへ。
カウンター席に見慣れた背中を発見。相変わらず逞しい背中が、少し捻られこちらに手を振る。
空いている隣の席に腰掛け、とりあえずお目当てのストロベリーティーを注文。群馬が少し笑う気配がした。いいだろ別に!好きなんだよ。


一拍。

「また巻き込まれたみたいだな」

脈絡も無く群馬が言う。手に持つのはコーヒー、当然のようにブラックだ。
何のことかはすぐに分かった。結局最後まで表出しなかった今回のゴタゴタ。言ってしまえば単なる恋愛騒動。
付き合うだけでこんなに大変なのだろうか。本来ならここから先の結婚なんてするのだから、人間ってすごいな。おれは経験したことないし。

福島と茨城の恋模様。地方を跨いだそれは、思いの外多くの県を巻き込んだ。

「おれは全然。あいつの中々見れない顔が見れたし」

福島の小姑(!?)になんやかんや言われたらしく、滅多に見れない思い詰めた顔をしていた茨城。今思えば、ちょっと面白い。
自分のことになるととことん鈍いあいつ。だからこそ、放っておけなくなってしまう。ほら、あいつのお人好しがここにも。

「でもまぁ、あいつらもいい加減、収まるとこに収まってもらわないとなぁ」
「そうだな」

群馬の相槌はそっけない。しかしそれは彼なりの同意なのだと知っている。無愛想だけど、優しい彼の。

「お互いなぁんにも知らないのにね」

背中合わせに生きてきた彼らが、どう思ってどう想って惹かれあったのかなんて分からない。縁はあっても深く干渉することのなかった二人に何があったのか。
いや、何も無かったのかもしれない。本来ならずっと隣にいて、惹かれ合うはずだった二人。時代に翻弄された片割れと、むしろ自分から掻き回した片割れ。
どちらも生きるのが下手で、それが強く周りを惹き付けてしまう。そんなそれぞれが。
そのせいで、随分と揉めてしまったのもあるだろう。茨城に好意を寄せる秋田はどうなったのだろうか。ちょっとこちらが引いてしまうほど、彼に夢中だったけれど。彼には頼りになる優しい兄がいるから大丈夫、と思うことにする。あの二人の関係を、おれは詳しく知っているわけではないけれど。
そして千葉。どうしたんだあいつ。突然一人で暴走するかと思いきや、いつの間にか沈静化していた。思うに、千葉を手懐けられる奴なんて限られているし、恐らくは自分より南の連中が関わっているのだと思われる。もちろん東京さんは巻き込まれていない。巻き込ませてたまるか。

そんな身近な奴らの顔を一人ずつ思い出し、ことり、と群馬の肩に頭をもたれる。ゴツゴツと鍛えられた体は、揺らぐことなく栃木を受け止める。
二人が触れ合ったところから、まるで一体化していくような感覚を覚える。元々一つの体であったかのように、他人のような違和感を覚えない。
群馬と共にいると生まれる、一つに溶けていくかのような感覚が、栃木は嫌いではなかった。……恐らく群馬も。
福島と茨城のように、全てを許し真綿で包むような愛ではない。ただ、そこに『ある』のが当然の。
お互いがお互いの無い部分を補う。だって、そういう風に分かれたのだから。

……だからとは言って、北のあいつらのように、互いが互いを縛り付ける呪いではないのだ。おれたちに彼らのような執着はない。
今回やけに茨城に喧嘩を売ってきた、片目を隠した彼を思い出す。浅く広く関わり、身内以外には深入りすることのない彼は、茨城とはどうも気が合わないようだ。
それは彼の身内に手を出されたからなのか、……それとも、無意識に茨城すらも身内に含めてしまっているのか。

福島のことはずっと隣で見てきた。彼の信念、彼の生き方。それがどれだけ不器用か。……彼がずっと何を守ってきたのか。きっと、幸せになれない人なんだろうなと思っていた。そして彼の痛いほどの優しさは、彼だけでなく、彼を愛する人たちの心をも傷つけてきたのだと。……それに彼が気づいていないことも、栃木は知っていた。
ほんの少し、怖いもの見たさのようにたまに後ろを振り返り、彼を覗いてきた。だからまだ分かる。
……分からないものは、知らないものは、怖い。自分たちとは違う雪に閉ざされた世界で生きる彼らは、ある意味で自分にとって恐怖であったのかもしれない。……あるいは、それは今も。
群馬には、分かるだろうか。そうっと見つめると、群馬はその視線に気づいたように栃木と目を合わせた。

「群馬は、あいつらが怖い?」

言葉を明確にしなくても、二人は通じあっている。

「……怖い、とは思わないな。どちらかと言うと、不気味、かもしれない」

何を考えているのか分からないし。

「でも、良い奴らだ」

そう付け足した群馬に、いやそれはお前もだよ、と栃木は心の中で呟く。もちろん声には出さない。
自分には伝わるからと言って、それを他の人にも当てはめてもらっては困る。ただでさえ彼の周りには、なまじ彼が全て言語化しなくても汲み取ってしまう人が多いのだ。これ以上甘やかさないでやってほしい。
そう心の中で愚痴る栃木だが、続く群馬の言葉に目を見開く。

「……だからこそあいつらも、俺たちに深入りして来ないんだろう」

その言葉で、はた、と思い至る。
福島とはなかなかそりの合わない(交流がないとも言う)群馬だからこその言葉なのかもしれない。福島は彼らの中でも異端の部類だ。最初から中央に従うよう、命を遂行すべく生まれた存在。彼を挟み、世界は一変する。

……そう思っているのは、おれたちだけではないのかもしれない。
ああそっか。
理解できないことはあるのだろう。でも、知ることなら。まずはそこから。

「……親戚なんだから、もうちょっと歩み寄ってもいいのかもな」
「そうだな」

関東というのは、今は東京さんを中心に、昔は神奈川を中心にまとまりがあった。一方東北では、国は二つでも、昔から一つである意識があったと思う。それは共に、中央を基軸と見て異端の部類に区分けされていたからだ。

血も同じ、境遇も似ていて。まぁ、気候はかなり違うけど……それでも、隣にいるのに知らないでいるのはなんとなく……勿体ない?ような気がしてきた。福島と茨城の地方を超えての恋模様のように。
これをきっかけに、知らない彼らの世界に興味が湧いてきたのかもしれない。


新しいことが好きだ。知らないことが好きだ。常に前へ前へ、変わっていかなければ。
これは関東の共通の気質でもある。美点であり欠点でもあるのだけれど。ああ、きっと、これがおれたちらしさなんだろう。

今まではそんな余裕もなかったけれど。ようやく気付けたことは多くある。これもそんな中の一つ。
おれたちの、折角の縁だ。近くで共に生きていく縁だ。
まずは、福島のこと。もっと知ってみたい、なんて免罪符なのかもしれないけど、色々茨城から聞き出してみようじゃないか。
ちょっとした決意を込めて、栃木はグラスの中身を飲み干した。


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