正直言って、あなたたち家族の人たらし具合にはほとほと驚いているんですよ。なに、そんな怖い顔をしないでください、ササ、この上等の紅茶をお飲みください。沙子が特別にと外国から取り寄せたものです……なんでも縁があるお国だとかで、沙子も大層うまそうにそれを飲むんですよ……見ようによっては、血液なんかよりよっぽどうまそうに、ね……もちろんそんなのは錯覚なのですけれどね、ハハハ。
 さて、ここまで来たら僕たちはあなたに正体を隠す気はさらさらありませんよ、もともといつかはばれることだったのです、それがいくらか早くなっただけです、気にすることは何もない。それに村人たちはまだ僕たちの存在を受け入れられていない、認められていない、知る覚悟を持たない連中ばかりです。そんな中、あなたのような一介の少年が僕たちのことを騒ぎ立てたところでどうなります、どうにもならんでしょう。だからいいのです、気になさらないでください。……ハハ、そんなにおびえて可哀想に。あのじゃじゃ馬を手懐けるくらいだからどんな男かと思っていましたが、なんだ、あなたは本当に、ただの男ではありませんか。僕たちにとって取るに足らない、この田舎道に転がる石ころと変わりゃあしません。でもどうやら彼にとっては違ったようなのです。まあそういうこともあるでしょう。道端の石ころを蹴り上げそれをどぶに落とす人間もいれば、その石ころを大事そうに家に抱えて帰り後生大事にぴかぴかに磨き上げる阿呆もいる。そういうものです、人間というのは。この世の中というのは。もっとも、僕も彼も人間ではありませんし、人間ではないのだからその世のことわりというものからも外れているのですが、まあこれは言葉の綾です、あまりお気になさらずに……。
 さて、そんなにぶるぶると震えて、おびえて、でも僕の誘いに乗ったということは、最近めっきり姿を見せなくなった彼にどうしても会いたいからでしょう。だから僕のこの誘いにも乗った。けなげなことです。きっと彼はあなたがそこで尻尾を巻いて逃げ出し、布団をかぶって震えているだけだとしても何も責めはしなかったと思いますよ。むしろきっと、それを望んでいたことでしょう。彼と過ごした日々など、彼のことなど忘れて、さっさとあなたたち家族がこの村を逃げ出すことを心の底から望んでいたはずです。そのために彼はさまざまなおきてを破りましたよ。いくら僕や佳枝と同じ存在で、なおかつ付き合いが長いからと言っても、許されることと許されないことがあります。親しき中にも礼儀ありというでしょう。そういうことです。ということで彼には今、罰を受けてもらっているところなのですよ。放っておいたら、僕たちの計画を邪魔しかねない勢いでしたからね……いやはや、彼があんなにも何かにおいて行動を起こすのを、僕は初めて見ましたよ。彼と僕はなんだかんだで長い付き合い、それこそあなたたちには想像もできないほどの、というとさすがに言い過ぎだけれど、あなたの歳を何度かけても少し足らないくらいには彼と過ごしてきたつもりですよ。ただそれは、空間を一緒にしていただけで歩み寄りだとか、理解だとかからは程遠いものではありましたが、それでも彼は僕たちとともにいました。ずっとずっと昔から、それこそ土葬が一般的であった時代から、ずっとこの時代まで生きていました。その長い間で、彼が何か行動を起こしたことは一度としてありませんでしたよ。彼はいつも、僕たちの少し後ろを黙ってついてきているだけでした。あのつまらそうな顔をぶら下げて、興味なさげな冷たい視線を伴って、ふらふらとそれこそ幽鬼のように僕たちについてきておりました。以前、僕は彼に尋ねたことがあります。どうして僕たちについてくるのかと、どうして僕たちと行動をともにするのかと。だって彼は、沙子のような目的があるわけでも、僕のようなある意味では享楽的な主義を持っているわけでも、佳枝のように沙子に心酔しているわけでも、今までさんざん見てきた屍鬼……ああ、あなたたちには起き上がりと言ったほうがわかりやすいでしょうか……のように死を怖がっている風でもありませんでした。ただただ、本当にぼんやりと、それでいてしっかりと僕たちについてくる様は、どこか洗礼されたものでもございましたし、どこか薄気味悪いものを感じざるを得ないものでした。僕の場合、薄気味悪いというより、大層興味深いな、といったような心持ちでしたが……アハアハ……。
 僕はある夜、それこそいつだったか忘れてしまいましたが、彼がいつものように人を殺さず、それでも食事をしっかりした夜に訊ねました。どうして僕たちについてくるのかと。どうして僕たちと行動を共にするのかと。確かに彼がああいった生き物になってしまったばかりのころでしたら、ほかに行く場所がないだとか、この生物としての生き方がわからないだとか、そういった理由はいくらでも転がっていたことでしょう。しかし僕がそう聞いた夜には、彼はもうすでにまばゆいばかりの日の下で生きるすべも、うっそりとした闇夜の中で生きるすべも心得ていました。そして、自分の永劫とも称せる生を終わらせるすべも。そんな風に、一人でも生きていくことができ、そして一人でも死ぬことができる彼に、僕はたずねました。さそり座が美しい夜だったことは覚えています。彼はあの夕闇のような目をけだるそうに僕に向けて、ぐいと口元についた血液を手の甲で拭いました。そうしてこう言ったのです。わからないと。そうはっきりと。僕はそれを聞いてぽかんと阿呆のように口を開けた後、その静けさを打ち破るように腹を抱えて笑いました。げらげら、げらげらと畜生のように哄笑しました。彼は煩わしそうにそんな僕を一瞥してすぐに当時の寝床に帰ってしまいましたが、彼がいなくなっても僕は夜が明け日が昇りそして沈むまで、しばらく笑い転げておりました。だってそうでしょう。あなただってわかっているはずだ、彼のあの聡明なさまを。そんな男が、そんなことをいうのです。生きる理由を、食事をする理由を、あまたの人間が異形に変化させられる様を見てきた理由を、そんな幼稚である意味純粋とも呼べる答えを述べたのです。おかしくないわけがない。そして僕はますます、この少年……といっても彼はゆうにあなたのお父さんや、おじいさんなんかよりも永い時を生きているわけですが……に興味を注がれていったわけであります。彼は、それはそれは面白い男でありましたよ。そういえば、彼を見つけた時からそうでした。彼を見つけたのは、僕と沙子が出会ってしばらく経ったあとでしたが、それはそれは愉快な夜でした。彼はとある亡骸を抱えてうずくまっていたのです。彼が僕たちと同種であることはすぐに気が付きました。あなたたち人間と違って、僕たちはその薄い皮膚の下を走り回る血液のにおいを、敏感に感じ取れるのです。彼は僕たちが、自分と同じ異形の存在が近づいているにも関わらず、嬉しそうに顔を上げるでも、おびえたようにあとずさるわけでも、悲しそうに眼を伏せるわけでもなく、じっと地面を……いやこの場合、彼は何も見ていなかったに違いないのですが……強いて見ていたというならば、きっと虚空というものを……見つめて、ただぼんやりとそこにおりました。生きている存在は僕たちを除いて彼だけでしたのに、まるで彼は動きませんでした。ただただ浅く呼吸をして、ただただ虚空を見つめておりました。腕に抱えているそれが彼にとって大切なものであることは簡単に察しがつきましたが、それにしてはなんだかぞんざいな扱い方だな、と思ったのを今でも覚えております。や、と僕が声をかけて、彼はようやく顔をあげました。月の光を受けて、彼の顔にべったりとこびり付いた血が恭しく輝くさまは一枚の絵画のようでもありました。僕は彼に、君は選ばれたんだよと告げました。とっくの昔に気づいているでしょうが、彼や僕は、普通の起き上がりとは少し違うのです。日の光も大丈夫ですし、多少の聖なるものではへっちゃらです。身体も頑丈ですし、そして何より血を吸わなければ必ず死んでしまうというわけではない。起き上がりというのは案外けっこうな割合で出来上がるものですが、僕や彼のような存在は滅多なことでは生まれてこないのです。そんな中で、僕がその言葉を選んだのは間違いではありますまい。僕は大した意味を持たせずに、彼にそう言ったのです。選ばれたんだよ、君は。彼はあの鋭いまなこを、といってもその時はまるで腐った湖のようによどんだものでしたが、それでもあのまなこを瞬かせて、選ばれた、と小さくかすれた声でつぶやきました。思わず、といった風な物言いでした。きっと口に出す気はなかったのでしょう、それでもたまらず、零してしまったという風でした。彼はそれだけ呟いて、まただんまりと黙り込んでしまいました。僕も沙子も、当時は今と違って援助してくれる人間もともに寄り添って目的を遂行してくれる仲間もいなかったもんでしたから、これはいい人材……いや人ではないのですけれど……を見つけたもんでしたので、彼を連れて行こうと目論んでおりましたので、生気の抜けた彼を立ち上がらせるために幾分か時間を割きました。沙子は日が昇ると寝てしまいますから、主に僕が彼を説得していましたが、果たして沙子が加わったところで彼の目が再びあの鋭い光をともすまでの時間が短縮できたかと問われれば、それはまたわからぬことのなのです。僕は彼のために三日三晩のときをささげました。と言っても僕は沙子と違って何か言葉をかけるわけでも、自分たちの存在を説くわけでもなく、ただただ彼と彼の腕にあるその抜け殻を眺めておりました。なんとなく、彼を僕と同じ存在にしたのはその腕の中の人物なのだろうな、と思いました。彼の細腕に抱かれたその人物の胸には、大きな大きな杭が埋まっておりました。死んでいるのは明白です。僕が見つめる三日三晩の間、彼はじっとその人物を抱き続けておりました。それは聖母が子を抱く姿、というよりも、聖母が死んだ赤ん坊を抱えているような印象を受けました。彼はその人物の皮膚がひび割れ、蛆がわき、目が腐り落ち、髪が抜け落ちても、ずっとずっとその人物を抱いておりました。たくましい蛆がその人物の肉を食い彼の肌をよじ登ろうとも、彼は一向に微動だにしませんでした。僕はいい加減飽きてきておりました。僕は確かに何かが壊れ、崩れゆき、消えるさまを見るのが大層好きな男ではありましたが、最初から壊れているものを見て何が楽しいというのです。だから僕は、彼を生き返らせ、そしてまた壊れるさまを見たいがために、こう言いました。その子はもう死んでいるよ、と。彼がまたゆうらり、と顔をあげました。頬のついた血はもう乾いて、彼が動くたびにぱらぱらとその破片を地面へと散らしてゆきました。僕はもう一度、彼の目をしっかりと見て言ってあげたのです。もうそれは動かないよ、と。もうそれは、今度こそしっかりと死んでしまったのだよ、と。彼はまだぼんやりと僕を見ているだけでした。彼の跳ねた細い髪を白い蛆虫が上っていたのを覚えております。またしばらくぼんやりと僕を見る彼に、僕は再び口を開きました。生きなさい、と。彼の指が小さくわななきました。僕は子供に言い聞かせるように、ゆったりとした、優しい口調で言いました。その子は、君を生かすために死んだのだろう。ならば、君は生きねばならない。でなくては、彼がそのように無残にむごく死んだ意味がなくなってしまう。君は選ばれたのだ、神に、そしてその子に。だから生きねばいけないよ、と。でなくては、その子がしたことがすべてむだになってしまうよ、と。彼はようやく、その薄い唇をうっすらと動かしました。おそらくその時、彼はようやくよみがえったのです。ようやく息を吹き返したのです。僕はいやらしくゆがむ唇を隠せていた自信がとんとありません。でも、それこそ無意味というものでしょう。彼はもう僕を見ちゃあいませんでした。明朝の空色をした目を金色に染めて、彼はじっとその子を見つめました。彼と、そして彼に抱かれていた人物に這っていた蛆虫が一目散に逃げていく様を、僕は黙って眺めておりました。
 そして彼は、唐突に、なんの前触れもなく、がぶりとその子の首筋に噛みついたのです。吸血だなんて、そんなかわいげのあるものではありませんでした。がぶりと牙を突き立て、その子の首を食い破ったのです。もうとうに死に、そして腐りかけていた身体です、血はほとばしりませんでした。しかしほとばしりこそしなかったものの、破けた肌からぼたり、ぼたりと血と、腐汁と、肉とが、ずいぶん緩慢な動きで地面へと落ちていきました。そして彼は、そのかけらさえ逃すことは許すまい、とでもいうように、今までの静止が嘘かのように荒々しい、それでいてどこか洗練された振る舞いで、その子を食べてゆきました。起き上がりというのは確かに血を食料としておりますが、その血がめぐる身体には少しも興味がございません。肉に牙を立てこそしますが、起き上がりが求めるのは肉ではなくその血だけ。むしろ肉なんか食べた日にはげろりげろりとげろを吐くことになってしまいます。だからこれは、彼が僕と同じように珍しい亜種だったためにできた行動、そして僥倖であります。彼は僕が見ている中で、彼を確実に食しておりました。がぶりがぶりとそのよれた皮膚に牙を立て、肉を引き裂き、骨をすりつぶし、血を啜りました。自分が汚れることなんて微塵も気にしない様子で、彼はただひたすらに純粋にその存在を食べつくしました。そして沙子が目を覚まし彼と僕のもとへ訪れるころには、彼が大事に大事に抱えていたその子は、もうすっかり姿をなくしておりました。その薄い腹のどこに隠されたのか、その子はもうどこにもおりませんでした。いやこれは少し違いますね。その子は確かにそこにいたのです。彼の腹に入り、そして彼の一部となって今でもそこに存在しているのです。これはずいぶん、愉快なことではありませんか。だってその子はもうこの世には存在などしていないのに、確かにそこにいるのです。まったく不可思議で、そして痛快なことではありませんか……ねえ、あなたもそう思うでしょう……ハハ、すっかり顔色が悪い……少しの時間とはいえ彼と過ごし、そして友好を築いて彼をいっとう大切に思っていたあなたには、少し刺激が強すぎる話でしたかな……。
 彼はその子をすっかり食べ終えて、そして次に僕たちを見上げた時には、今見せるようなものと変わらない顔つきになっておりました。つまり、彼は生き返ったのです。あの晩ようやくよみがえったのです。僕は歓喜しました。息を吹き返したということは、彼は再び壊れる機会を得たということです。それは形あるものが崩れゆくのを見るさまを、崩すまい崩すまいとあがく姿が好きな僕にとってはこれ以上ないほどの喜びでした……そうして彼は僕たちとともにゆくようになったのです。先ほど、彼にどうして生きるのかと尋ねたといったでしょう。なんてことはない、僕はもうその答えをおそらく知っていたのです。彼はその子のために生きているのです。その子のために人を襲っているのです。なんてけなげな話ではありませんか、ねえ……。
 さて、こんな感じで僕たちとともにゆくようになった彼の話はともかく、そんな彼だからこそ彼は誰とも仲良くなれるわけはないと思っていたのです。彼は他者を寄せ付けません。入り込ませません。だから安心しきっていたのです。彼が僕たちを裏切るわけがないと。いやこれは過言ですね、裏切るにしろ、自分を殺すようなことはしないだろうと。だって彼はもう、生きることこそが目的になっているのです。生きて何かをしたいだとか、そんなこと彼は微塵も思っちゃいません。ただ生きることこそが目的なのです。生きることこそが手段であり、彼のただ一つの目的なのであります。だからまさか、こうして僕たちに盾突き、自分を死の淵に立たせるようなことをするだなんて夢にも思っておりませんでした……おい、彼を連れてこい!
 ……顔色が悪くなりましたね、無理もない……つい最近まで普通の高校生であったあなたには刺激の強いものでしょう……安心なさい、幸いにも生きていますよ……いや、この場合不運にも、といったほうがよいのかもしれませんが……屍鬼なら死ねたかもしれませんが、何分僕たちは人狼、これくらいじゃあ死ねはしないのです……。
 起き上がりには呼吸がないでしょう。だとしたらどうやって酸素を取り込んで動いているのかというと、まあお察しの通り皮膚からなのですよ。皮膚呼吸というやつです。そして僕たち人狼は……ああ、人狼とは僕や彼のことをいうのですが……は、両生類のように、皮膚と口から呼吸をしているのです。起き上がりの首を絞めても奴らは苦しむ様子なんて微塵もみせませんが、人狼の首を絞めると、ほら、こうしてうめいて苦しがるのです……ハハ、そうあわてないでください、殺しはしません……今離してあげますから、どうか落ち着いて……。
 彼に罰を与えたといったでしょう。それというのは、その風呂の中に三日三晩彼を鎮めるというものでしたが、いやはや流石人狼、それくらいじゃあ死にませんでしたよ。さすがに苦しそうで、何度も何度ももがいては押し付ける僕の腕をどかそうと躍起になっていましたが、それも二日目の朝にはおさまっておりました……可哀想に、頑丈な身体を持ったせいで、彼は死ぬことも、気絶することもできずに、もっとも苦しい死に方とされる溺死の一歩手前の苦痛を何時間も味わっていたのです……濡れてたゆたう髪が、それはそれは美しかったですよ……。
 僕も鬼じゃあありません。当然です、僕たちは鬼ではなく狼。だから僕は何度か、あなたたち家族を殺せば許してやると告げてやりました。それでも彼は首を縦には振りませんでした。だから僕はまた彼を、ほら、こうして水の中に沈めなきゃあいけなかったのです……ん、おや、君は思ったより勇敢だ……彼を助けるために僕にとびかかってくるとは……でも先ほどから言っているでしょう、僕たちは人狼、異形の存在、異常な人体、一介の人間にやられるほど、やわじゃあないんですよ……力加減もへたくそだから、ほら、こうしてあなたにけがをさせてしまった……これは彼が起きた時に大層憤ることでしょう……それはそれで愉快なので構いませんが……。
 さて、ここからが本当に、愉快で痛快で爽快なお話になってくるのですが……彼は僕に罰を受けている間、一度として吸血をしてはいないのですよ。吸血どころの話ではありません、人間が食べる食物……そう、以前彼がよくあなたの家に訪れて食べていたようなあたたかくおいしい食べ物……だって、一つも口にしてはいないのですよ。だのに彼の身体は何度も何度も再生を繰り返している……この意味がお分かりかな? 彼の身体は今、とてつもない飢餓状態なのですよ……養生するには、養分がなきゃいかんでしょう……治るものも治りません……だから、ほら、見て御覧なさい、僕がこうして肌に傷つけても、ふさがるのが遅いでしょう……もうすっかり、彼の中に蓄えられた栄養は枯渇しているんですよ……今、彼は腹が減って減って致し方のない状態なのです……このままじゃあ、きっと彼は飢餓によって死んでしまうでしょうねえ……もちろん、僕が何も与えなければ、の話ですが……。
 ……おやおやその顔、どうやらどうして僕があなたをここに連れてきたかお分かりになったようで……いやはや、うれしい限りです……説明をする手間がはぶけた……。
 今の彼にとって、あなたは極上の食い物なのです。獲物なのです。ハハ、逃げようとしたって無駄ですよ……いったでしょう、僕たち人狼は屍鬼より有能なのです……そんなお守り、効きゃあしませんよ……おっと、力加減を間違ったら殺してしまいそうだ……暴れないでください……ササ、あなたが会いたくて仕方がなかった夏野くんですよ……もっとお喜びなさいな……。いたた、暴れるなと言っているでしょう……まったく、僕の機嫌がよくなけりゃあ、今頃あなたはそこらへんの村人と同じ、いやそれ以上、以下の仕打ちをしていたところですよ……アハアハ……。
 そう、僕は今とても機嫌がよいのです……久しぶりですよ、こんなに期待で胸を膨らませるのは……。空腹で空腹で仕方のない彼は、いったい目を覚まして目の前にこんな極上の獲物がいると知ったとき、どんな顔をするのでしょうねえ……想像するだけで素晴らしい……歌を歌いだしてしまいそうですよ、いま僕は……。
 なあに簡単なことだ、彼と一緒にこの牢屋に入ってほしいだけなのですよ……もうしばらくしたら彼も目を覚ますことでしょう……逃げ出すなんて考えないほうがいい、逃げ出せるわけもないし、逃げ出したら最後、僕は今度こそ彼を僕が知っている一番むごい方法で殺しますよ……脅しなんかじゃありません、彼はそれほどまでのことを仕出かしたのですから……まったく、あの若先生に協力して僕たちを殺そうと画策するだなんて……なんて悪い子なのだろう……フフ、フハハハハハ……。
 ほら、見て御覧なさい、彼の長いまつげが震えているでしょう……これはもう少しで起きるという合図ですよ……いやはや楽しみだ、彼が起きた瞬間が……そして彼が君を目でとらえるその時が……彼はいったい、どんな表情をするのでしょうねえ……楽しみで楽しみで仕方がない……。
 ああ、目を覚ます……彼が目を覚ましますよ……ああなんて愉快なのだろう……うっとりしてしまうよ……。

 ……そうだ、一つ言い忘れてました、とてもとても大切なことを言い忘れてました……彼がはるか昔に食い、そして今も確かにそこにいるその子についてですが。
 その子はあなたと同じ顔をしていましたよ、武藤徹くん。



2017/11/22