夏野がいなくなった。いなくなった、というより、ここ数日帰宅していない。いやいやそれをいなくなったというのでは、とも思うけれど、夏野が出ていく前に俺にと用意した血の入った瓶は三つだったから、少なくとも三日は帰ってくる気がないのだろうと思ったのでそこまで危機感はなかった。こうやって、夏野が数本の瓶を用意して出ていくときはだいたい大きな仕事が入った時だ。俺としては夏野がいったい何をしているのか全く知らないから、もしかしたら仕事でもなんでもなく俺に嫌気がさして出て行っているだけなのかもしれない。だとしても、ちゃんと瓶がすべて空になる前に帰ってきてくれるのだから夏野はやっぱり、優しいのだと思う。こんな化け物になったとしても、やっぱり結城夏野は結城夏野のままなのだ。それがうれしくて、少し寂しい。俺はこんなに変わってしまったというのに。最期の一本の瓶を飲み干しながらぼんやり思う。水子のようにふわふわと眼前を漂っていた思想は、扉を開ける音とともにぱちりとはじけ飛ぶ。暗い部屋の中で、むらさきいろの両目だけが鬱蒼と輝いていた。
「おかえり、夏野」
 返事はない。それでいい。

2018/05/29