うわお。大変なものを見つけてしまった。強いていうなら父さんの部屋から近親相姦もののAVを見つけてしまったような、そんな気まずさを俺は今抱いていた。うむ、俺は見てしまったけどその事実を忘れるよ、親父も人間だものな、見なかったことにしてやるぜ、ただし俺の要求を受け入れてくれたら、な……とニヒルに笑いながらゲームのチラシをちらつかせるような、そんな気まずさ。いや俺完全に楽しんでるやん、と思いながら、そんなことを考えるくらいには動揺しているな、と自分で自分を制する。おお、待て待て、あいつだって男子高校生やぞ、このくらい持っていて当たり前……当たり前かあ? ちなみに俺は持ってない。財布やポケットにしのばされているとまことしやかにささやかれているそれを見たのは、保健体育の授業を除いて初めてだったりする。そりゃ話題にこそ出るが、生で見て生で触るのはプライベートでは初めてだった。ほんとに財布の中に入ってるんだ……となんとなく感慨にふける。ましてやそれが夏野の財布から出てきたともなればなおさらだった。掌の中で行儀よくおさまる所謂コンドームをまじまじとたっぷり十秒は眺めてから、せっせと問題集を解いている夏野の薄い背中を見やる。その白いシャツの下の背中に赤い爪痕があったりして、と考えて、なんとなくげんなりした。まあこいつ、美形だしなあ。ぴらぴらとコンドームを弄びながらなつのぉ、と間延びした声で親友を呼ぶ。夏野は視線をよこさないまま「なに」と小さく返してきた。その声の中にはさっさとコーラを買ってこいという圧力が含まれている。俺の財布から金持ってっていいからコーラ買ってきてと不愛想に夏野が俺に言ったのは三十秒ほど前のことだ。センスのいい黒い財布が投げられ、それをがさごそと漁っていたら出てきたのは五百円玉ではなく五百円玉サイズのコンドームだったわけだ。物珍しさにじろじろと夏野と避妊具を見比べてしまう。
 夏野は顔こそいいが、そういった浮ついた話題には一切上がらない存在だった。女の子たちも肉欲の対象として、というよりアイドル感覚で夏野に黄色い悲鳴を上げている様子である。だからある意味、夏野の財布からこれが出てきたのは意外だった。こいつ、そういうことに潔癖っぽいし。 
 そういえば、夏野とそういった話をしたことは一度としてなかった。俺だって年相応の男子としてえろいことには興味はあるけれど、どこか別次元の話として認識してしまっていて、どうにもこうにも自分事として考えられない。田舎は遊ぶところがないから自然、猿のように盛ってしまうという話は聞いたことこそあれど、少なくとも俺はその対象にはなり得なかったらしい。なつのぉ、ともう一度夏野を呼ぶ。そこでようやく、夏野は俺のほうに顔を向けた。そして俺の掌で遊ばれているのがコントローラーではなくコンドームであることが分かると、呆れたように紫色の双眸を瞬かせた。

「なに、徹ちゃん。そんなものが物珍しいわけ」
「おうよ」

 年上の威厳なくそう言うと、「彼女いたことあったじゃん」と夏野が言う。まあ、いた。いたけれども、そこまで行きつかなかったからなあと頭を掻く。かわいい女の子ではあったけれど、それだけだ。キスを送られる前にビンタを送られた俺であるし。そういうところが、たぶん俺のダメなところなのだ。
 ちょうどキリがよかったのか、夏野がシャーペンを放る。そして俺の手にあったゴムを取ると、びりびりと破いて中身を取り出した。うえ、ぬめぬめしている。生々しくて、少し引いてしまった。えろいことには興味はあるが、生々しいえろには少したじろいでしまう、典型的な童貞が俺だった。悲しい。
 中学の時はまだファンタジーじみていたえろ話は、いつしか生々しさをもって俺たちの日常へとまるで紫煙のように滑り込んできた。隣のクラスのだれだれさんの胸が大きいだの、同じクラスのだれだれさんの締まりはよかっただの、そんなえぐいえろ話ばかりだ。そういえば、その話の一環で俺の元カノが援助交際をしているという噂を聞かされた。結局噂は噂なので、その真偽を俺は知らない。どっちでもいいなあ、というのが正直なところだった。高校の保健体育の授業でコンドームが配られ、そしてそのつけ方を指導される様に、うわあ、俺、そういう年になっちゃったんだなあとなんとなく感慨に耽った気がする。
 夏野は取り出したコンドームに口をつけて風船を膨らませる要領で空気を入れた。ぷくーっと膨らむそれは、えろさなんて微塵もない様子で夏野の接吻を受け入れている。

「なっちゃん、それ、使ったことあるの」

 なんとなしに訊ねると、夏野はひとつ、瞬きをした。
「これから使う予定」
 ありゃりゃ、と思ったときには遅かった。ゴキブリを踏み潰した時のような不快感が俺の足裏を襲い、俺の身体を苛んだ。ああやだなあと思う。夏野が誰かとこれを使うのが嫌なのか、夏野がそういったことに手を出すことに嫌がっているのか、俺にもよく分からなかった。夏野は膨らんだコンドームをつまらなそうに飛ばしている。俺はそれを見ながら、「じゃ、俺と使おうぜ」と言った。夏野の目が怪訝そうにゆがめられる。あ、こいつ今俺に呆れてんなっていうのがありありと感じられて居心地が悪くなる。ぽりぽりと頭を掻くと、再び膨らまされたコンドームが俺に向けて発射された。なんだかそれは精液を連想させて、ああ顔射ってこんな感じかなあと馬鹿なことを考えた。

「もとからそのつもりだけど」

 は、と息が止まる。それってどういう意味っすか夏野さん、と訊く前に、もう一度不健全な風船が俺に飛ばされた。けっこうな勢いで飛んでくるそれを顔面に浴びながら、どうやら俺の童貞も今日までらしいぞ、と数秒前の俺に言う。頭の中でくるくると回るのはえろい裸体ではなく、生真面目な声でコンドームの付け方を講義する、体育教師の野太い声だけだった。



title by へそ
2018/05/28