『あ、そっか。次の日曜日だったっけ…』
4限終了後、机の上の教科書とノートを机の中にしまっていると隣からリクオくんに話し掛けられた。
「守里ちゃんも来るんだよね」
『うーん…』
ゆらちゃんを連れて皆でリクオくん家に行こうという約束だ。
そうか、日曜日かぁ、とその時の話を思い出す。最近色々あったからすっかり忘れてた。
しかし、次の休みは実家に戻って一泊しようと思っていたので、どうしようと考える。
「もしかして、この前言ってた実家に帰るって…」
『あはは、ごめん…忘れてて…』
「しょうがないよね、色々あったから」
『でも大丈夫!私もちゃんと行くよ』
だからちゃんと隠し通せるように協力するからね、と意気込むと不安そうな顔をされた。
「でも、無理しなくていいよ。守里ちゃん一人暮らしだから実家に帰ってゆっくりしたいでしょ?」
『大丈夫大丈夫!また次の休みに行くから』
慌てて手をふって大丈夫だという事を伝えるが、リクオくんは微妙そうな顔を戻すことはなかった。
*
『お邪魔しますー』
リクオくん家に入るのも慣れたものだ。
私は清継くんに言われた集合時間よりも早くここへ来た。
取り敢えず、私にも何か出来ないかな、と思っての事だった。
『リクオくーん』
「あ。守里ちゃん、おはよう。本当ごめんね、ボクに協力してくれて…」
『大丈夫!取り敢えず、この家の妖怪達を隠そうか』
「守里ちゃん、それ、口癖?」
『へ?』
神妙に眉を寄せて言うリクオくんの言葉がよく分からず聞き返した。
するとリクオくんが大丈夫っていう言葉だよ、と教えてくれる。
『あ…そんなに何回も言ってた?』
「うん」
『…全然気付かなかった』
「守里ちゃん、そんなに無理して大丈夫なんて言わなくていいよ。無理なことは無理って言って。…怖いことは怖いって。泣きたかったら泣いていいんだよ」
『……』
静かにそう言うリクオくんに、私も口を閉ざしてしまった。
少しの無言が続く。
『…それより、早く行こう!』
「あ、ちょっと…!」
耐え切れなくなってリクオくんの腕を掴んで廊下を早歩きで歩く。
リクオくんの言葉で少し胸が痛くなった私は、精神の修行が足りないのかもしれない。
*
『よし、これなら大丈夫かな…?』
自力で家のどこかに隠れる者や、あまりにも陰陽師が怖くて隠れられない者。後者は私が一つの部屋に入れて襖に内側から結界をかけて、襖のつっかえ棒の代わりにして開かないようにした。
残念ながら今回はゆらちゃんがいるから、見えないようにしないとまずいのだ。
「す、墨村…!」
『あ、及川…つららちゃん』
「わ、私は今日は何もしないから!もし若に何かあったら、責任取ってもらうわよ!?」
『う…うん…』
そう言うとつららちゃんは襖の外に立ち入り禁止、と書かれた紙を貼って中に閉じこもってしまった。
『うーん…あと少しで来るなあ…』
自分たちで隠れると言って隠れた妖怪達はどこに隠れたのか…。
変なところじゃなきゃいいけど…。
*
「守里ちゃん」
『うん、分かった』
取り敢えず目に見える範囲で妖怪は居なくなったし、あとはゆらちゃんが気付かないようにするだけ。
呼びに来てくれたリクオくんと一緒に大広間に入ると、事前に断っていた紗織ちゃん、夏実ちゃん以外の全員が揃って座布団に座っていた。
「あ、守里!遅かったね」
『ごめんごめん』
カナちゃんに眉を下げて謝ると、何も疑わずに遅かったから先に来ちゃったよ、と言われる。
事前に集合時間に遅れる、と言っておいてよかった…。
「…なんか本当に出そう」
「奴良くん、こんな家に住んでんだね」
ガタガタと風で障子が揺れるのに島くんとカナちゃんが引きつった顔をした。
「いい雰囲気。それじゃ始めよう。今日は開花院さんに…プロの陰陽師の妖怪レクチャーを受けたいと思います」
「は」
清継くんに回されたゆらちゃんは戸惑ったように話し始めた。
清継くん、事前に何も言ってなかったんだ…。
「そう、ですね…。最初にこの前の人形、あれは典型的な"付喪神"の例でしょう」
「つくも神?」
「島くん!!君は何も知らないねぇ!!」
「"器物百年を経て化して精霊を得て より人の心を誑かす"。付喪神は打ち捨てられた器物が変化した妖怪なのです」
島くんがへえ、と声をあげる。
それからも続くゆらちゃんの詳しい説明にリクオくんは冷や汗ものだ。
「妖怪は色々な種に分けることが出来ます。人の姿をしたもの。鬼や天狗、河童など超人的な存在。超常現象が具現化したもの…さきほど言われていたふらり火など、妖怪の3分の1は火の妖怪であると言われています」
少しの間があってから、ゆらちゃんは先ほどよりも言葉に力を込めた。
「やつらの目的は…みな、人々をおそれさせること。なかでも危ないのは獣の妖怪化した存在!やつらの多くは知性があっても理性がない。非常に危険!欲望のままに化かし、祟り、切り裂き!!喰らう!!けっして…"さわらぬ"ようお気をつけ願いたい!」
「……」
「……」
『……』
ふむ、と考える。
烏森に現れる妖は様々なもので、烏森の力で強くなったり巨大化する。
この地は今までの私の知る常識では難しそうだ。
「そして、それら百鬼を束ねるのが妖怪の総大将、"ぬらりひょん"といわれています」
ぎくり、と隣に座るリクオくんの肩がほんの少し揺れた。
そんなに分かりやすく反応をしたら、なんて皆の表情を見るが、真剣な顔をして話をしているために気付かなかったようだ。
「うわさでは…"この街にいついている"という」
「"ぬらりひょん"か…。妖怪の主とは言え、小悪党な妖怪だと思っていたよ…」
「そう。ヤツは人々に多くの畏れを与える別格中の別格。でも、ヤツを倒せば私もきっと認めてもらえる…。古の時代より、彼らを封じるのが我々陰陽師。その縁をこの地で必ず…」
緊迫した空気の中、襖が豪快に開かれた。
そこから何とも気の抜ける毛倡妓さんの声。
「お茶入りました〜」
毛倡妓さんはゆらちゃん達を見て何の反応もせず、普通にお茶を出して部屋から出て行った。
呆気にとられる私達。リクオくんはさっきから悪かった顔色をもっと悪くさせた。
「何!?誰?」
「おねーさん!?」
「奴良、あんな"すごい"お姉さんがいるのか!?」
騒ぎ出す皆を放って、リクオくんは毛倡妓さんの出て行った方へ走って部屋を出て行ってしまった。
「そーいえばお手伝いさんがいるって言ってたっけ」
「お手伝いさん…そう…今のが…。この家はどうも…変ですね」
『(まずい…)』
このままでは、部屋の外にでも出そうな勢いだ。
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