月の夜明け




この浮世絵町に妖が多く出るため、退治するために飛ばされた私だが、この町に住んでいる、という時はどうしたら良いのだろう。
おじいちゃんにわざわざ言うべきなのか。奴良組という組が妖怪を仕切っていて、安全にはなっていると。

『うーん…』

しばらく様子見してから言ってみよう、と心の内で納得した。
使い終わった食器を乾かそうと台に乗せると、私は自室に戻って修行着に着替えた。

『あ、フェリシーも行く?』

家の扉を開けて外に出ると扉の隙間からフェリシーが出てきたためしゃがんで頭を撫でながら問いかけると、にゃあと鳴いた。
フェリシーを連れて隣の大きな門をノックする。
少しの間があってから、扉が開いた。

「待ってましたよ。部屋は綺麗にしておきました」
『すいません、ありがとうございます』

門を開けてくれた首無さんにお礼を言いながら玄関へと案内される。
部屋に行くまでの道中も、私は申し訳なさでいっぱいだった。

『本当にいいんですか?部屋を借りても…』
「ええ。若が仰るんですから」
『…本当、申し訳ないです…』

実家には修行用の大きな岩があったり巻物があったり道場があったりと設備が整っているが、借り家にはそんなものはない。
木もないし、岩もない。それに、道場なんてもっと。
それをつい学校でリクオくんと話している時に洩らせば、部屋を貸してくれることになったのだ。

「では、何か足りないものとかあれば言いつけて下さいね」
『ありがとうございます』

パタン、と部屋の襖が閉じられ、静かな空間になった。
しかし、と溜息をつく。

『妖のいる家で修行って…』

向こうからすれば恐怖物ではないだろうか。
リクオくん、そんなこと気にせずにいいよと返事をしたのだろうか。

『…やり辛い…』





「守里ちゃん、首無から聞いた通りに水の入ったバケツの水持ってきたけど…」
『あ。ありがとう』

ゴトリ、と近くに置かれた2つのバケツの中を覗く。うん、結構重そう。

「でも、何に使うの?」
『ちょっと忍耐力と精神力を鍛えようかと…』

初歩的なことだ。自分の周りに結界を張り、その上にバケツを乗せる。私はこれにプラス読書をしたりする。あえて違うことをしながら、バケツの量を増やしてもらって、どこまでそれが持つか。最近していなかったから、ちょっと昔に戻ってみようかと思ったのだ。

「失敗したら水被っちゃうね」
『滅多にそうはならないよ』

結界を張り、その上に乗せてもらう。

「重くない?」
『まあ、これくらいは…』

大丈夫?と聞いてくるリクオくんに、大きい妖に乗られた時よりもまだまだ軽いよ、と言った。

「まだまだバケツ持ってくるけど…」

なるべく重いものかあ、と呟くリクオくん。
すると襖の向こうで気配がした。

「若!」
「…青田坊?」
「重い物が必要と首無に聞いたんで、お持ちしました」
「重い物って…」

なにそれ、と続けながらリクオくんが襖を開けた。
すると、そこに青田坊さんが。何かを抱えてるみたいだ。

『って…!』
「え、守里ちゃん!?」

ぐらぐらと揺れる結界に、バケツも不安定に揺れたので慌てて力を込めると元に戻った。

『なにそれ、岩の玉?どこからそんな物を…?』
「え?いやあ…」
「青田坊…」

呆れるリクオくんを他所に、青田坊さんは近づいて来てバケツを退けて結界の上に乗せようとする。

『え、ちょ、待って待って待って…!』

絶対重いもん!絶対重い!
もし耐え切れなくなって私の上に落ちてきたりなんかしたら…!

『それは死んじゃう!』
「あ」
『わわわ!』

つるり、と青田坊さんの手から滑って飛んできた岩に向かって結界を張った。なるべく床が傷付かないように…!

「わ、危機一髪…ちょっと、青田坊!気をつけてよ…」
「す、すいません若…ちょっと手が滑って」
『(良かったー…傷付けなくて)』

ボヨン、と結界が柔らかくなって受け止められた岩。
それにホッと息を吐いた。







『ちょっと怖いので、やめる…』
「うん、ごめんね…」
『いいよいいよ、いつもあまり気にしない強度の加減とかも分かったし』

言いながら正方形の描かれた紙を床に置く。

「あ、じゃあボクは邪魔になるだろうから外に…」
『あ、大丈夫。そんな事気にしてるようじゃあ修行にならないし…どうぞ。面白くないと思うけど…』
「じゃあ見学していくね」

右手を構えて正座をする。
形を頭に思い浮かべて、紙の正方形の幅に合わせてまずは一つの結界。

『結!』

そしてその上にも結界を二つ。その上には少し大き目を。その両端に複数の結界。大き目の結界の上に複数の結界。

『うん、今日も綺麗』
「わ、すご…」

綺麗に隙間なく並べられた結界に満足気に言うと、少し離れたリクオくんが驚いたように呟いた。

「アートみたい…」
『あはは。まだまだ種類はあるよ』

そう言って私は今の結界を全て消して、いろいろな形を作っていく。
結界を並べてダイヤ型にしたり、ハート型にしたり。ただただ大きい結界を並べたり。
本当は実家の巻物を見ながらやりたい所だが、わざわざ式で取り寄せなきゃだし…。次の休みまでには取り寄せよう。

「一度には結界って出せないの?」
『一度に?いや、出せないことはないけど…一度にか…』

ふむ、と考える。
隙間なくこれだけの結界を一度に出すのは私にはまだまだだ。
でも、それは修行になるかも。

『うーん、一度に…』
「あ、ごめんね。考え込ませちゃって…」
『いや、大丈夫!ありがとう!それは修行になるかも』

包囲を複数指定するのはいい修行になるだろう。
時音ちゃんみたいに力の操作が上手くなるかもしれない。
私もどちらかといえば良兄のようにパワータイプなのかも知れないけど、昔から力任せにやっていた兄を見てきたために精度や技術等も修行はしてきたつもりだ。
でもやっぱり、自己流の修行方法にも限られた案しか思い付かず、蔵にある巻物に頼りたくなる。

『実家に帰ろうかな…』
「えっ」
『…どうしたの?』
「い、いや…なんでも…」

戸惑ったリクオくんを不思議に思いながらも、これからいつか大変なことが起こるかもしれないという事を考えて、一度次の休みにでも戻ってみよう、と思った。



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