純喫茶1




私は乙沢さんの寂しげな後ろ姿を見届けてから、呼び出されていた純喫茶へ向かいました。
「こっちよ」
純喫茶に入ってすぐ、カランコロン という音が鳴ると同時に聞こえたその声の主を探しました。
すると入口のすぐ横にあるソファに、隠れるようにしてこちらを気にしている音葉さんがおられました。
「音葉さん!」
私が音葉さんを見つけた喜びで少し大きい声を出すと、音葉さんは「しっ」と慌てたように口に人差し指を当てました。私が口を押さえて音葉さんの向かいに座ると「隠れているのよ」といつになく物憂げな表情でおっしゃります。
私は350円のコーヒーを頼みました。
「どうなさったのですか」
「彼と喧嘩してしまったの」
音葉さんは居場所を無くしたといったようにとても小さくなって、しょんぼりとされています。
「乙沢さんと、ですね。先ほどお会いしました。」
「…彼と話したの?」
「ええ、とても寂しそうにされておりました。」
「本当?言い過ぎたものね。」
音葉さんも乙沢さんと同じように寂しそうにしていらっしゃいます。
「ついつい熱くなってしまって、私なんてこと…」
「別れを切り出されたそうですね。」
「…そうよ」
彼女は眼を潤ませて、じっと手元のクリームソーダを見つめていました。
「どうしたらいいのかしら」
外をぼうっと眺めながら、音葉さんはそうくぐもられました。いつも強気で自信に満ち溢れた彼女が、ここまで自信を失っているのを見ているのはとても心苦しいことでした。
「謝ってみてはどうでしょうか。」
「けれど…」
音葉さんは煮え切らない表情をされていらっしゃいます。
「音葉さんは反省しているのですから、謝るべきだと思います。乙沢さんがいくら音葉さんの怒るようなことをしたとしても、心にもないことを言ってしまわれたのは音葉さんではないですか。」
つんとした少女のような音葉さんとその保護者のような乙沢さんは二人で一人とでもいうようにお似合いなのです。二人がこのまま不本意に別々の道を進んでしまわれるのは納得がいきません。「このままで、良いのですか。」そう小さくつぶやくと、音葉さんは険しい顔をしてこれでもかと眉間にしわを寄せた後、いつものような強気な表情をされました。
「仕方ないわねえ。貴女がそこまで仲直りをして欲しいと言うのなら、酷い事を言ってしまったことは謝るわ。」
音葉さんは少し頬を赤らませているのを隠すように俯きます。
「さあ、そうと決まれば早く乙沢さんのところへ」
「そんなに押さなくても、わかっているわよ。せっかちねえ」
「こういうことは早いほうがいいのです。音葉さんの気が変わらないうちに」
私は音葉さんを半ば強引に純喫茶から追い出してお見送りしました。最後に「音葉さんならきっと大丈夫ですよ」と私が言うと、私の心配など要らないほどの自信の満ち溢れた顔をして「任せなさい」と言い残して行かれました。
なんだかんだお二人はお互いのことを信頼しているのでしょう。私は純粋に羨ましくなりました。




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