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歯切れ悪く言うと、彼女は目を瞬かせる。
そして、言葉を探すように視線を落とし、躊躇いながらこう言った。
「そんなこと、気にする必要などありません。貴方は私の夫なのですから」
彼女の言葉に、心臓がどきりと鳴った。
私の夫。
ちゃんと、そんなふうに思ってくれていたのか。
ふいに目頭が熱くなって、俺は視線を落とす。
なんで、今まで妻として大事にしなかったのだろう。
どうして、きちんと彼女と話をしようとしなかったんだろう。
もしかして、彼女はずっと、俺が来るのを待っていてくれたのだろうか。
俺の妻であろうとしてくれていたのだろうか。
だとしたら、俺は。
「……また」
俺は、ぐっと拳を握り締める。
「また、これから、来てもかまわないだろうか」
震えようとする声を抑え、彼女に尋ねる。
雨音さえ押し潰すような沈黙が下りた。
今までしてきたことを考えれば、どんな答えが返ってきてもしょうがない。
だけど。
「お待ちしております」
一度雷が鳴った後、彼女はゆっくりと微笑む。
その言葉に、滲んでいた涙が零れそうになった。好きだ、と心の中で呟く。
その代わりに礼を声に出した俺に、彼女は笑みを深くして、いつものようにそっと睫毛を伏せた。
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