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そんな手のかかるお坊ちゃまだが、血を吸われるときはさすがに怖い。
痛くないし、眩暈がするだけだが、首筋に歯を立てられるというのは恐怖しかない。
「大丈夫大丈夫、怖くないよ」
血を吸う前、エルは子どもをあやすように私の体を抱きしめる。
男の人に抱きしめられたことなんてないし、その上相手が超絶美人となれば恐怖以外の緊張が出てくるのでやめてほしい。
「手、握ってて」
手を差し出され、大人しく自分の手を重ねる。
首筋に歯が触れて、私はぎゅっと力を込めた。
「はい、ごちそうさま」
吸われる量はほんのわずか。
眩暈がしたり倒れたりするのは、人間の記憶を消すための作用らしい。
力が抜けた体が、エルに凭れ掛かる。
エルは慣れたように抱え込んで、私の意識が戻るまで支えていてくれる。
「……エル」
「うん、おはよ」
意識が戻って仰ぎ見る顔は、妖しげで人外であることを感じる。
紫の瞳が魅惑的で、この目で数々の人間を虜にしてきたのだろうと思わせられる。
「ごはん食べてる?」
「はい?」
突然の質問に、きょとんとする。
「摂取量に対して、意識を飛ばす時間が長すぎる。食事の量を増やせ。それから体力をつつけろ」
「体力」
「僕の道具を貸してやる」
私がここに来てからエルは一歩も外に出ていないが、ジム並みに機器を備えている一室で毎日トレーニングをしている。
ひきこもりに慣れている。
ひきこもりながら、健全な生活をしている。
「私の血、まずい?」
「まずい」
「前田さんくらい美人を探したほうがいいんじゃない?」
「美人と血の味と何の関係がある」
「ないの?」
「美人だと血の成分が良くなるのか」
確かに。
じゃあ、前田さんが美人だったのは彼と何の関係もないのか。
エルは首を傾げて唇を舐め、健やかに暮らせ、と不憫そうに私を見た。
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