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「んー、ふわふわが足りない」
前田さんは一週間かけて私にお菓子作りをレクチャーし、退職していった。
私は習ったことを忘れないように、毎日お菓子作りを続けた。
「砂糖も足りない」
「前田さんが、糖尿病になるから砂糖は控えめにと」
「糖尿病の吸血鬼って聞いたことないんだよなぁ」
試作でできた大量のお菓子をすごい勢いで腹に収めながら、エルはひとつひとつに感想をくれた。
冷酷な顔をしている男だが、だるだるの部屋着を着て頬を膨らませている姿は、男子高校生みたいだ。
「綺羅ちゃん、君の血も甘さが足りない。甘さっていうか、全体的に栄養が足りない」
「血の味で分かるの」
「当たり前。何百年生きてると思ってんの」
いや、ほんとに何百年生きてんの。
エルも前田さんも、最初からエルが吸血鬼であることを隠さなかった。
私が無反応だったことが評価されたらしい。
おまけに、家族とも関係が悪く、友人もおらず、この三ヵ月引きこもっていたことを述べると手を叩いて喜ばれた。
まさか私の暗黒期が評価される時が来るとは、世の中捨てたもんじゃない。
「エルくん、ごはんは食べないの」
「ごはん?血、もらってるじゃん」
「血がごはん?」
「そ。お菓子はデザート」
エルは四個目のシフォンケーキに手を伸ばす。
この人の食生活、9割デザートじゃないか。
そう言いたかったが、一応雇用主なのでぐっと堪えた。
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