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「君がヴィムの飼い主さん?」
ヴィムがレイモンに呼ばれ、離れて行ったときだった。
声を掛けられて顔を上げると、見知らぬ青年が近づいてきた。
「可愛らしいお嬢さんだね。あれを躾けたというくらいだから、もっと気の強そうな子を想像していたけれど」
品のある、優しそうな美丈夫。
さらさらとした銀の髪を揺らして、にこにことこちらに笑みを向けてくる。
ヴィムの知り合いだろうか。
着ているものや立ち振る舞いから一目で位の高い人物だとわかり、ミレイユは慌てて礼を取った。
「レイモンが結婚するのが悲しいのかな」
目尻に手を当てられて、ミレイユは驚いて肩を跳ねさせる。
しかしその手は引かぬまま、彼は優しい眼差しでミレイユを見下ろす。
「家族が離れていくのは悲しいね。レイモンは、君にとって大切な恩人でもあるだろうし」
「……はい」
「でも、君にはもっと大事なものがあるだろう?……例のペット、とかね」
「いえ」
どこか含みのある口調で、青年はミレイユに問いかける。
反射的に、ミレイユはそれを否定していた。
「ヴィムはペットじゃありません。彼も、私の恩人です」
不思議そうな顔をしていた彼は、ミレイユの言葉に吹き出した。
おかしそうに声を上げて笑われ、ミレイユは何か変なことを言ったかと顔を真っ赤にする。
「これは失礼。いや、その答えは予想していなかったから。参った参った」
涙が浮かぶほど笑い、彼はげほげほと咳き込んで息を整える。
初対面の相手に大笑いされて、ミレイユは俯いて泣きそうになっていた。
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