::あなたのすきなもの 「そういえば俺、部長のすきなもの何もしらない…ていうか部長のことなんにもしらない」 「突然なんだ?」 「気になったんスよ」 夕暮れに染まる部室にふたり。越前の唐突な発言に部誌を書く手を止めた手塚は、顔を上げ越前をみる。しかし、すぐにまた意識は部誌へと移され再び筆を進めた。 「ねぇ誕生日いつ?」 「10月7日」 「血液型は?」 「O型だ」 「好きな色は?」 「緑か青」 「好きな食べ物は?」 「うな茶」 「好きなタイプは?」 「…」 「ねぇ好きなタイプ!」 それまで部誌を書きながら淡々と答えていた手塚は、ペンを置き越前をみつめた。 「言わなくても分かるだろう」 そう言って、ふっと笑う。 (このタイミングで笑うとかズルい) 翻弄されているような気がして少し悔しい。ちぇっ、と思わず舌をならす。 「急に知りたがってどうしたんだ?」 「別に…」 散々答えさせたくせに、自分は手塚の質問には答えない。顔を背けたまま、素っ気ない返事をした。さすがは越前である。なんとなく気になって、ちらりと手塚をみると、目があった。 「部誌書き終わったんスか?」 「まだだが…」 「早くしてよ」 「気になって書けん。おまえが他人に興味を示すなんて珍しいからな。知りたがった理由はなんだ」 「…案外、しつこいっスね」 「まぁな」 やれやれとため息をついた越前は、再び視線をそらす。 「俺さ、気付いたらあんたのことなーんも知らなかったんスよね。あんたをもし怒らせたらどうやって機嫌とればいいかわかんない。あんたを繋ぎ止めておく術がないことに気付いたんっスよね…」照れくさいのか、越前はほんのり頬を染めていた。そんな越前が、どうしようもなく愛しく思えるのは末期なのだろうかと手塚は苦笑する。 「機嫌とってくれるのか?」 「当たり前じゃん」 「意外だな」 「あんた俺をなんだと思ってるんスか」 「…大切な人だと思っているが?」 「バカ…」 なんとなく甘ったるい空気が流れて、 なんとなくキスをした。 なんとなくくすぐったい気持ちになって、 なんとなく笑い合った。 好きな人のことだから、どんな些細なことでも知りたくなるでしょ? 昨日までの 今この瞬間の この先の 貴方のすべてを知っていたいのです。 20110808 |