サトルside
「…オチアイさん?」
そう呟いた、しょうちゃんの目線の先…ちょうど408号室の前に、オチアイさんが立っている。そう、あれはオチアイさんだ。多分、三脚なのか、何か細長いものを持って立ってる。ちょっと体が大きく見えるけど、多分目の錯覚だろう。そうだと思いたい…廊下の奥に目を凝らしながら、僕は必死でそう願った。
「オチアイさん…?だ、大丈夫ですか?」
呼びかけても、彼は答えない。窓からの逆光でよく見えないけど、何も言わずに、ただじっとこっちを見つめている気がする。
なぜだろう…ものすごく怖い。仕事だと分かっていても、カメラを持つ手が震えて、いつものようにまっすぐ撮れない。
「あの…さっき、オチアイさんの悲鳴が聞こえて…何が、あったんですか?」
しょうちゃんが振り絞るように声を出していて、彼も尋常じゃない恐怖を感じているのが分かる。それでも、やっぱり何も答えてくれないオチアイさん…?の元へ、しょうちゃんは勇敢にも、一歩、一歩と進んでいく。
待って、行かないで…!思わず喉元まで出かかった弱気な声を必死で飲み込んだ。だって、もしあれが「ちゃんと」オチアイさんだったら?彼があまりの恐怖で正気を失っていて、茫然自失の状態だったとしたら…?もう怖いなんて言ってられない、すぐに救急車を呼ばないと。
ゆっくりと、しょうちゃんの後について進みながら、自分が作り出した二つの恐怖に板挟みになり、もうこのまま崩れてしまうんじゃないかってくらい、精神が張り詰めてる…とにかく、声をかけ続けるしかない。できるだけ、いつもの感じで…
「オチアイさん?もう僕らが来たんで、大丈夫ですよ!一緒に帰り、ま…?」
そう言い切らないうちに、声が何かに遮られる。ずっと遠くから響いてくるような…高く、長く伸びる音…
「…えっ…サイレン…?」
呟いたのは、しょうちゃんとほぼ同時だった。まるで建物の火災みたいな、聞いただけで不安になる音…いったいどこから聞こえてくるんだろう?しょうちゃんが思わず立ち止まってキョロキョロしている。とっさにオチアイさんの方を見ると、ちょうど彼の背後から、ぶわっと黒いものが噴き出してくるのが見えた…まさか、煙?
「待って、ねえ、前から黒いのが…!あれ、煙じゃないの!?」
「え、けむり…まさか、火事っすか?」
「ほら、あそこ!きっと、あの部屋の中からだよ!」
そうしてる間にも、オチアイさんの背後にどんどん煙が迫ってる…!このままだと飲み込まれちゃうよ!
「オチアイさん!」
スタートダッシュは、しょうちゃんの方が少しだけ早かった。煙に包まれ始めても微動だにしないオチアイさんの元へ、全力疾走で向かう。もう僕もなりふり構っていられなかった。
「オチアイさーん!早く逃げ…て…!?」
辺りが暗い…どうして?光が逃げてく…!まるで舞台の照明が消えるみたいに、窓から射し込んでいた光が、すうっと光が遠ざかってく…窓の外に目をやった瞬間、誰かがこっちを覗いていた。あれは、子供?何であんな場所に…!
と、次に瞬いた時には、視界が全部真っ黒になった。
しょうちゃんside
「やっばい、何も見えない…!」
「し、しょうちゃん!そこにいる?」
「は、はい!サトル君、どこっすか?」
「えっと、ここ!もうちょっと手前の…って言っても分かんないか…」
真っ暗闇の中で声を掛け合い、何とかお互いの位置を確かめる。でも、あまりにも暗すぎて、はっきりしない…
せめて相手の体に触れたらいいんだけど…決して遠い距離じゃないのに…何でだろう?一生懸命手を伸ばしても、そこにはふわっとした生暖かい空気があるだけだった。
ふと耳を澄ませると、もっと離れた場所から、サトル君じゃない、別の音が聞こえてくる。あれは多分、誰かの足音…そうだ、僕らはオチアイさんを迎えに来たんだった!じゃあ、あの足音はきっと…
「オチアイさ…」
振り向いて、僕はそのまま気を失うかと思った。真っ暗な廊下の先に、そこだけ赤い光が灯ってる。それも、綺麗な人の形に…というか、あれは…発光してる…?